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ずっと続いた光景に街が見えたときは心底ほっとした。
仲間はとても優しく、疲れているはずなのにそんな表情1つ見せず年下の自分をいつも気遣ってくれた。
その気持ちがうれしく、けれどそれは自分がまだ子供だと守るべき存在だと意味するで、少し悲しかった。
優先的に勧められる馬に張った意地もそろそろ限界だった。
紅南国とは文化のまったく違う西廊国に好奇心で胸は躍るがそれよりも睡魔が勝った。
目の前の寝台に体を預けるのは楽だが仲間たちは買い出しに行くようで、自分だけが休むわけにはいかない。
「かまへんかまへん。こいつらに任せたらええて」
自分も七星士、自分だけ休むわけには…けれどそう言った翼宿はすでに休む気満々。大きな手と優しい言葉に礼をいい、寝台の上に転がった。
目を覚ますと最初に感じたのは空腹だった。
一番に目を覚ますのは珍しい。旅の途中もずっと張宿が目を覚ますと誰かがすでに起きていた。
周囲の状況、特に敵がいないか。食糧や休む場所。目的地に行くだけが旅の目標ではない。
翼宿、軫宿、井宿と顔をのぞいた。
珍しい…
いつ寝ているのかも分からないほど人の気配に鋭い井宿がこんなに近くにいるのにぐっすり眠っている。
旅慣れない自分たちのために率先してたくさんのことをやってくれたから。
「みなさん、ありがとうございます」
外から聞こえる賑やかな声に惹かれ窓を開けようとして手が止まった。
本棚だ!
もしかしたら神座宝のことが何か書かれているかもしれない。
「僕に出来ることはそれだけなんだ」
しかし結局は神座宝のことどころか地理など役に立つ書物は何もなかったが紅南国では見たことの無い書物に時間を忘れた。
書籍街に行きたいが見知らぬ土地は…と悩んでいると軫宿が一緒に行こうと声をかけた。
初めて見るものばかりに心が躍る。
「あの、軫宿さん。ここ入ってみてもいいですか?」
大きな街には少しばかり場違いな小さな本屋。こういうところのほうが意外と掘り出し物があったりする。特に古い文献などは。
中に入るとその質の高さに西廊国の街並みを見た時以上に心が躍った。
「すごい」
興味のある書物をいくつか眺めていると少し疑問に思った。
まるでごっそりと抜けたかのように白虎に関するものがない。
西廊国とはいえこの地は白虎を祭ってはいないのだろうか。それとも別の宗教か何かあるのだろうか?
宗教だとしたら自分たちが朱雀七星士だということは伏せていた方がいいのだろうか?
宗教争いなどやっかいなことに巻き込まれたくない。
「あ。でも井宿さんもお坊さんですよね…」
恐らく別宗教の井宿がいても奇異の目で見られることはなかった。宗教のせいではないのだろうか?
「張宿、そろそろいいか?」
書物を片手にどことなく楽しそうな軫宿。
「はい!あ…ちょっと待ってください」
紅南国ではなかなか読めない書物の数々。あぁ井宿さんが旅をする理由なんだかわかるなぁ。
「力持ちの兄ちゃんが一緒に来てくれてよかったな、ボウズ」
「兄ちゃん」の言葉に思わず軫宿を見上げると目があってクスッと笑った。
外に出るとやはりというか砂漠の街は暑くて一瞬くらっとした。
「大丈夫か張宿」
「はい」
一瞬のことだからなんともない。けれど軫宿は張宿の前にしゃがみ込んだ。
「おぶってやる」
「え!?そんな…」
「たまには力持ちの兄ちゃんに任せろ」
無口な軫宿の意外な言葉に目を開いて、頷いた。
「井宿、勝負やっ!」
高々と宣言した男の見て井宿は心底いやそうに顔を歪めた。
そんな好戦的とはお世辞にも言えない井宿の反応は翼宿の納得のいくものだったようでニヤリと笑った。
最初に勝負を持ちかけたのは北甲国へ行く直前の僅かな休息時間。
今一つどころかまったく読めない井宿を仲間として理解したいという翼宿なりの降雨良いだったのが相手はどこ吹く風、自分とは勝負にならない。それよりもと別件の話を持ちかけられ話をそらされた。
二度目に持ちかけたのは朱雀を召喚して少したってからの事だった。
その時はタイミングも悪かった。井宿が厲閣山に訪れたのはテンコウの影響で魔物が異常に出現するようになった件についてだったようで勝負どころではなくなった。
が、やはり一度目と同じように拒否する気が満々だったようで「後で勝負」と言うと嫌そうな返事しか返ってこなかった。
三度目はテンコウを倒してふわりと厲閣山へ来た時だった。思えばこのころから少し断り方が変わってきた。
いつものようにのらりくらりと話をそらすのかと思えば敵前逃亡ともいえるくらい明らかに逃げたのだ。ドロンと。当然翼宿は納得できるわけがなく、今まで以上に火がついた。
それからは井宿が厲閣山に来るたびに井宿を逃がさぬよう、そして勝負を受けるようあの手この手を使った。
能力云々以前に「逃げる」ことは井宿の十八番。一度たりとも井宿が勝負を受け入れたことはなかった。
何度も試みて分かったのは、この男には正攻法は通じない。
それまで傍観していた有望な副頭は知恵を貸した。
「井宿はんが断れへん状況を作ることや」
「断れんって…それに失敗しとんやないか」
「そやから、弱みとか苦手な相手とか」
「弱みとか苦手な相手。そんなん言うたかて…」
半ば賭けだったが、井宿の顔を見る限りそれは成功のようだ。
「まさか、このためにオイラにここに連れてこさせたのだ?」
当然とばかりに頷く翼宿に井宿は頭が痛くなる思いだった。
いや実際に頭が痛い。
「君はここをなんだと思っているのだ?」
厲閣山と違いギャラリーは少ない。けれど、
「勝負?」
「井宿勝負!」
「翼宿と勝負するね!」
「どっちが勝つと思うね?」
キャーキャーとすでに賑わうギャラリーに、拒否権はないのだろうなとため息を吐く。
「君が太一君に頼みがあるから連れていけというから。いったい何かと思ったら…」
「なぁばば…太一君ええやろ?ここで井宿と勝負して」
思わずいつもの癖で禁句を言いそうになるが言い直す。
「だっ!なんでここなのだ?」
「俺らが能力使こうて勝負やしたら周りの被害がとか言うてお前拒否するやないか」
「だからと言ってここだったらいいと言うわけないのだ」
「そやから太一君に聞いとんやろ?な、かまへんやろ?」
二対の両極端の色を浮かべた太一君の顔を見る。
「まぁよいじゃろう」
「よっしゃああ!!!」
ガッツポーズをする翼宿にがっくりと肩を落とす井宿。そして見る気満々な娘娘たちもキャーキャー騒ぎだす。
納得してない井宿は何か言おうと太一君の顔を見るが、それが口から出ることはない。
ここでは主が了承する限り井宿の意見なんてほぼ通じないのだ。
「で、何の勝負をするのだ?象棋(中国版の将棋)?」
「は?」
「象棋(中国版の将棋)ならオイラ持ってるからすぐに勝負できるのだ」
ニコニコと読めない笑顔で意味不明なことを言い出す。
「アホか!男の勝負言うたら体対体や!」
「…翼宿、そんな趣味あるのだ?」
「ちゃうわ!」
心底以外そうに汚いものを見るように言われて、力の限り叫ぶ。
「じゃあ水泳?」
この男は意外と負けず嫌いなのだろう。それとも早く終わらせたいのか。翼宿の苦手なことばかり選んでくる。
「体を使っての勝負なのだ!」
「おまえなぁー。能力使こうての勝負て分かっとるやろ… お前も男なら一度決めた勝負から逃げんなや」
「はぁ。やっぱりそうなるのだ?」
「井宿!勝負するならあそこがいいね!」
「楽しみ楽しみ!」
「二人ともがんばるねー!」
こうして数年越しの井宿と翼宿の勝負の幕が切られたのだった。