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もくじ

       下に行くほど新しいです。

オンリー頒布物の通販については【ここ】です。
  
短編
  
大切な人のために
    
一部と二部の間の話。
きのぼり         
    
芳准と飛皋の小さいころ。
酒乱の果てに       
    
PWネタ。酔っ払い井宿。
仮面の奥に        
    
星宿の留守番中。
月明かりの中で      
    
紅南国に戻ってきた井宿と軫宿。
Happy Valentine's Day!!   
    バレンタインネタ。

いつか、きっと      
    
ホワイトデーネタ。
船酔い          
    
ゲームネタ。船の中でのワンシーン?
あらしのあと       
    
美朱自殺事件から儀式前までの井宿視点。
かすみ草         
    
井宿BDネタ。芳准と飛皋と香蘭と。
シン           
    
青龍の巫女を知った井宿。
こんな日も        
    
仲間に誘われたクリスマス会。そこには?(現パロ)
ある日のこと       
    
旅の一ページ。
あの日見た光景      
    
ワンクリに参加。オンリーの幼馴染三人が忘れられなかったので。
天帝
    ワンクリに参加。天帝といえばこの人。
てんぺん
    ワンクリに参加。
術比べ
    ワンクリに参加。
術比べ
    張宿ver 上のワンクリの続き。
術比べ
    ワンクリに参加しなかったやつ。井宿と翼宿ver
雨宿り
    ワンクリ参加。テンコウに拾われ間もない飛皋
幼少期
    幼い芳准と両親。
少年期
    親友二人。
許嫁
    香蘭が許嫁と知った芳准。
放浪期
    修行時代の井宿。
流光の咲き
    二部後、宮殿のお手伝い。
 星標
    星宿に自己紹介したばかりの井宿。
陽の神に拾われた男、陰の神に拾われた男
    天帝とテンコウ、芳准と飛皋。オンリー頒布本の冒頭。
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陽の神に拾われた男、陰の階に拾われた男

気づくとそこは闇だった。
いや、闇というには語弊がある。彼にとってそこは「闇」だった。




色も音も、触覚嗅覚五感すべて感じることすら出来ない。意識だけがそこにあるといったほうがしっくりくる。
その意識すらも強く自分を保っていないと広がる闇の恐怖に飲み込まれてしまいそうだ。
意識を集中すると頭に浮かんだのは最期の記憶。
親友と雨の中で対峙したあの時。
今まで見たことのない穏やかで優しいあいつの憤怒の顔。
あの時は戸惑いと自責の念で気づかなかったが、
ーーー泣きそうな顔してたな、あいつ・・・
誰よりも戸惑いと恐怖していたのはあいつではなかったのだろうか?
3人の関係だけでなく自身の変化にも。
手にしたナイフは僅かに震えていた。
あいつがナイフ・・・他人を傷つける道具を持っているのを見たことあっただろうか?
人どころか動物や植物にも分け隔てなく接していたあいつがそんなものを持ったことがあるわけがない。
・・・持たせたのは俺か・・・それほどまでに傷ついていたのか。
あの呆れるほどへらへらした笑い顔がひどく遠い。
そこまで考えて思った。
何故そこまで鮮明にあの時のことを思い出せるのだろう?
ーーー誰だ!
 声にはならないが心の限り叫んだ。
「くくく・・・思ったより使えるやもしれぬな・・・」
 どこから声が聞こえた。
 若い男のようだがとても好印象を持たせる感じではない。むしろ・・・
「流石は朱雀七星士間近で見ていた、といったところか。もっとも七星士と呼べるかは別だがな・・・」
 朱雀七星士、だと?
「無意識で能力を使っていたことも一度や二度ではなかろう。幼き頃より共に時を過ごしてた者ならば分かるだろう?」
 幼き頃より共に時を過ごした・・・芳准のことか・・・
 不気味な声は笑った。
ーーー芳准に何かしたのか!!
 叫びに応えたかのように飛皋の意識の中に1人の男が現れた。
「ナニカをしたのは我ではなかろう。それによって助かったかもしれぬ命を自ら失ったのではないか」
 誰よりもその「ナニカ」は理解している。だがそれよりもこの不気味な男は、気に入らない。飛皋はそう思った。
「我が与えたのはきっかけのみ」
ーーーきっかけだと?
 問いには答えずまるであざ笑うかのようにやにやとこちらを見るのみ。
「幼馴染のあの男はどうなったと思う?」
 豪雨の中川へ足を滑らせた自分の手を握った芳准。
 あの時、自分の危険を顧みず持っていたナイフを投げ捨て迷わずに手を取ってくれた。
 やはり。と思う。
 本心で俺を傷つけるために持っていたものではなかった。
 ならばどうなったあの後・・・あの水量で支えきれるはずがない。
 瞬間、あの後の出来事が映像のように飛皋の意識の中に入った。
 決して離さぬと力の限り握られた親友の手。だがそれはあっけなく離れた。
ーーー流木っ!
 左目に大きな傷を負い芳准は意識を失った。だから離れた。
ーーー芳准・・・
 この先は見なくても分かる。親友の最期など見たくないと意識をそらそうとするが映像は勝手に意識に流れ込む。
 飛皋と同じく濁流にのまれた芳准の体が紅く光ったと思ったら、それは次第に大きくなり芳准を包み込んだ。
 ふわりと重力を感じさせずにそれは4.5メートルほど浮いた。
 破れたズボンの隙間から「井」の文字が紅く光っている。
ーーー朱雀、七星士・・・井宿
 紅い空間はほんの少しでも癒しの効果があったのか重症を負い濁流にも飲まれた芳准が目をうっすらと目を開けた。
 映像はそこで終わった。
 意識の戻った芳准の見た現実は地獄でしかないだろう。
「あの男はこれからどうすると思う?」
 問われずとも考えてしまう。
 そして誰よりも芳准のことを知っている俺には分かる。
 助けれなかったと、自分1人生き残ったと自責の念に苛まれ、死を選ぶだろう。
「街をいくつも飲み込むほどの洪水で結界を張り助かるほどの能力。なぜ自らのみを助けた?」
 それは俺が、あいつの彼女を・・・だから
 助かってよかった、そう思う反面芳准にとっては死のほうがどれだけ優しいだろう。
 生かされたのは朱雀の証を持っていたからか。
 おそらく、どれだけ死を望もうとも許されない。無意識に自らを守るのだろう。あの洪水の時のように。
「あの男に、会いたいとは思わぬか?」
 この言葉は麻薬と同じだ。
 不気味な男は信じられない。
 俺になぜ!朱雀七星士井宿の親友の魂を拾い出しそんな言葉を持ちかける?
 朱雀七星の一人を助けたいと思うのなら俺ではなく芳准に手を貸すべきだ。
 この男は芳准にとって災いとしかならない男。
 けれど取ってしまう。この男の手を。
 どんな形でも芳准の助けになりたいから。
 助けになるのならば、どんな形でも救いたいから。
「今のお前は玉に魂を媒介したもの。望むのなら生まれ変わるがよい。朱雀七星士井宿と会うがよい」
 俺は、甘い甘い麻薬のような言葉の手を取った。
 次に目を覚ました時は、あまりにも普通すぎたので驚いた。
 生前と同じ型をした魂の入れ物。
 体を動かしてみると、やはり記憶にあるものと同じもの。
 この体で「生まれ変わる」ということなのだろう。
 違いといえば、今まで感じなかった「何か」を感じること。
 全身に流れる血の音のようだ。だがそれは耳障りなわけでもなく意識したら感じる程度のわずかなもの。
 なんなんだ、これは・・・
 けれど意識すればするほど感じる音に戸惑いながら茫然と手を眺めると信じられないことが起こった。
 まぎれもなくそれは自身の手。だがそこから液体が飛び出したのだ。
 手を丸くして液体を落とさぬようにして観察してみる。透明のそれはまるで水のようだ。
「新しい体は気に入ったか。その体は旱魃や雨を意のまま操ることが出来る」
「旱魃や雨を?そんなことが出来るのか!」
 この不気味な男が用意したこの体は、雨を操ることが出来る。
 そんなことが、出来るのか・・・
「あの洪水は、故郷を襲ったあの豪雨はまさか!」
 この男は芳准を、朱雀七星士を使って何かをしようとしている。
 くくくと、男の不気味な笑い声が響く。
「能力を持った術者というのはやっかいなもの。だが若い未熟な術者ならば?」
 七星士はやがて現れる巫女を守るために特殊な能力を持っているという。
 芳准の能力は知らない。だがあの洪水から助かった理由はこの男のいう術者だから。
「俺たちの故郷に何をした!!!」
 感情と共に水の塊が不気味な男を襲った。
「早速、操ることが出来るか・・・」
 だが男が手を前に出しただけであっけなく水の塊ははじかれた。
「芳准に何をするつもりだ!!!!」
 魂の叫びだった。
 なぜ男の手を取った?
 なぜ芳准との再会を願った?
 他に手はなかったのか?
 なぜ、男の手を取った!!!
 グラリと体が揺れた。
「魂が定着するまで眠るがよい」
 能力を使ったためか、男が何かをしたのか突然強烈な眠気が襲った。抵抗もむなしく飛皋はその場に倒れた。
 負の感情の渦巻く闇の中で、飛皋は眠りについた。
 この闇の中では不の感情が活力となる。この飛皋の感情も闇の、飛皋の望む芳准の再会の害としかなるものでしかならない。
 生きて残ったのが幸だったのか、死んでしまったほうが幸だったのか。
 この時の彼らにとっては何も知らず一族と運命を共にしたほうが幸せだっただろう。
 彼ら、飛皋と芳准の命運を分けたのは2人に手を差し伸べたものの違い。
 芳准へ最初の救いの手を差し伸べたのは、故郷近くの高台の寺院だった。
 難を逃れた寺院は積極的に被害者を受け入れ、治療した。
 芳准もその1人だった。
 傷の深さ、衛生環境の問題。
 助からないだろうと思われた芳准も派遣されてきた医師や寺院の看護、精神的なケアにも恵まれ僧として寺院で過ごすようになった。
 誰かのために何かが出来るという小さな意志を持った芳准に能力を使いこなせれば、天災を乗り越えられてない芳准に先輩僧の誰かが教えたのも生きる意志のため。
 けれどそれが芳准を追い詰めた。
 使い方は分からない。だから本能のまま強く思い念を込めるだけ。それだけで能力が使えたのだ。
 使えるようになってくるとそれまで何故使えなかったのかが不思議だった。
 その不思議が自分への不甲斐なさ、そして助けようと思えば助けれたんだと芳准は知った。
 重圧と自責そして後悔の念に駆られて意志を見失った芳准に別の寺院を紹介した。
 故郷近くのこの寺院では自分を取り戻すことは難しいだろうという住職の判断だった。だが紹介先まで付き添ってくれるという僧を半ば撒くような形で芳准は1人を選んだ。
 1人を選んでも何かが変わるわけではない。けれど何度も何度も「出来ることがある」と諭した僧たちの言葉は芳准の心には引っかかっていた。
 ほんの少しの可能性に縋って能力を使えるようにと考えた。だが不安定な精神状態で「術」という特殊な能力は使えるわけもなく元来努力家の芳准は徐々に「初めて能力を使った時の状況」と考えるようになった。
 肉体的にも精神的にも無茶をはじめ悪循環をたどる芳准に救いの手を差し伸べたのは天帝、太一君だった。
 本来七星士とはいえ天帝がただの人間に手を貸すなんてことありえない。けれど世界を見守る太一君には見過ごせない闇の存在があった。
 青龍の術者と朱雀の術者両方が闇の手に染まる事態は避けるべきだ。
 弱くもあり強くもある若者はどちらにも染まりやすい。けれど幼き頃より崇拝していたあの術者は井宿は違う。
 だから太一君は井宿に手を貸した。いや事情がなくとも手を貸したのかもしれない。その純粋さ故に苦しむ井宿を。
 正直なところ芳准、井宿には不満ばかりだった。
 すべてをなくした井宿にとって生きる理由は自分の出来ること、つまりは能力を使えるようになること。だというのに使えるようになるどころか、初歩の修行さえさせてもらえない。
 太一君が井宿に与えたのは「生きる環境」だった。
 一番今の井宿にかけているものを学ぶこと。すべてはそこからだった。
 拾われた直後は衰弱していた井宿も食事と休息で随分と回復したが、やせ細った体を元に戻すのは時間がかかる。
 娘娘に山菜や野草の見分け方を教わり調理する。覚えたことも覚えきれないこともすべて書かされた。
 慣れてくると娘娘がランダムで選んだ場所に1人で行かされた。
 どこの地方に飛ばされたのかは分からないが空気や気温、湿度。色や形そこから自分で判断して食べれるものを探す。
 体力もついてくると大型の動物や弱い妖魔がいるような場所へも飛ばした。
 自力で術のコツを覚えてくるといつしか瞬間移動を覚え自分で行くようになった。
 手を貸さずとも生きていけるように。対処できるように。それが天帝である太一君にできる精一杯の助力だった。
 徐々に本来の明るさを取り戻してくる井宿だが対人関係に関しては太一君たちだけではどうしようもなかった。
 ある日娘娘に連れられてどこかの場所へ降り立ち、井宿はその場所を見て驚いた。
「ここは?」
「たまにはお散歩するねー!」
「お、さん、ぽ!?」
 元気よく井宿の手を握り歩き出す娘娘に困惑と警戒の色を隠せない。
 田んぼの並ぶこんな農村地帯に何の用があるのか?それよりも・・・
「娘娘ここは…」
「大丈夫大丈夫!」
 にっこり笑う娘娘に手を引かれ拓けた場所に出た。そこは草花が生えた小さなお花畑だった。
 可愛い幼子が駆け回る姿は微笑ましく見るものを和ますだろう。
 思い出したかのように井宿の様子を見た娘娘はゆっくりと近づいて後ろから思いっきり口を引っ張る。
 声にならない悲鳴を上げしばしの格闘の後娘娘は口を尖らせた。
「もぉ!せっかくこーんなきれいなお花畑に来たのに何してるね!」
 その口調は人間の幼子と同じもの。だが娘娘が指さしたのは井宿の手にある薬草。
「え・・・」
「え?じゃないね!」
「いや、どんな時でも常備するよう心掛けろと言ったのは娘娘では・・・」
「ドクダミもカキドオシも大極山にたくさんあるね!井宿はここに来て薬草しか見えないね?」
 そう言われてまわりを見渡す。
 蝶が舞い色とりどりの花が咲いている。穏やかな日差しに目を細めていると娘娘に押し倒され寝ころんだ。
「ゆっくりするね!」
 笑顔の中に真剣な目が見え隠れしている。
 そういえば・・・
 ここのところ娘娘のいうように周りを見渡す余裕なんてなかったような気がする。
 ただひたすら目的を達成することに集中していた。小鳥のさえずりなどどれぐらいぶりだろう。
 パサパサパサと草を踏む足音に視線を寄せれば娘娘が何やら抱えてこちらにかけてくる。
 娘娘の足音なんて聞いたことあったっけ?と頭の隅で考える。
 上から覗き込む影。
「娘娘?」
 にま~っと笑う娘娘に嫌な予感がするが、頭の上・・・というより顔の上にそっと置かれたものは首飾り。
 遠い昔、妹にせがまれ作ったことがあったな・・・と思って胸が痛くなる。
ーーー男がそんなの貰ってもうれしくないだろ?
 幼馴染にはそんなことも言ったことがある。でもそれは親友が使ってた言葉そっくりそのまま。
 案の定困った顔をして、それでも半ば強引に押し付ける形で渡され親友に笑われた。思わず俺たちも笑った。
「・・・っぐぇ…」
 突然腹の上に衝撃がかかり・・・娘娘がいた。
「娘娘っ!」
 そういうのだけは本当にやめてくれと涙目で訴えるが聞き入れる様子はなさそうだ。
「井宿・・・今は井宿ね。だけど井宿は芳准ね。井宿は、一人じゃないね」
 珍しく真剣な、でも悲しい瞳に言葉が出なかった。
「娘娘帰るね!」
 ポンと地を蹴り立ち上がる。振り返ったのはいつもの笑顔。
「井宿は自分で帰ってくるね」
 手を振りそのまま文字通り消えた。
 一人じゃない、太一君も娘娘もたびたび自分に向かっていう言葉。
 天災直後に比べれば一人ではない。親身にとは言えないが芳准のことを考えてくれる人がいる。
 だから一人ではない。
 けれどヒトではない。
「あっれぇ~!」
 子供の声。足音。
 近づいてくる・・・
「ねぇねぇお兄ちゃん」
 そっとその場を去ろうとしたがガシリと服をつかまれた。
「お兄ちゃんと一緒に女の子いなかった?」
 一緒にあそぼうと思ったのに・・・と小さく続いた。
 けれど井宿にはそれどころではない。
 幼い子が自分のこの傷を見れば確実に泣く。
 握ったこぶしが汗ばむ。
 子供が泣くものだと井宿は思っているだが今のこの状況では井宿は否定されたようなもの。
 嫌だまた。
 心の奥に潜めた本音が顔を出す。
「ねぇ聞いてる?」
 理性が心を護ろうと考えるが子供が服を引くたびに頭が真っ白になっていく。
「ねぇねぇ」
 耐え切れずに芳准の顔を覗き込む、そんな気配を感じて井宿はあわてた。瞬間どこからか白い煙が噴き出した。
「ここには娘娘はいないから!」
 それだけ子供に振り返りながら言うとその場から姿を消した。
 大極山に戻った井宿を迎えたのは呆れ顔の太一君だった。
「なんじゃその恰好は?」
 え?と一瞬目を見開いて自分の姿を確認したがおかしいところはない。だが太一君がどこからか出した鏡を覗いて絶句した。
 それは目の傷のなかった18の頃の姿だった。
 言葉を失っている井宿にかけた言葉はやはり呆れた声だった。
「器用というか不器用というか・・・」
 同じ時を過ごし、何をするのも一緒だった親友。
 時の悪戯ですれ違い、永遠の別れとなるはずだった二人は七年後再会を果たすこととなる。
 陽の神に拾われた芳准と陰の神に拾われた飛皋。
 再会は太陽の光となるのだろうか。
終わり

星標

闇に隠れるように、そっと動き出した気配は東へと進み始めた。
 それが恐らく最善なのだと思う。巫女は悲しむだろうが軍事力が違いすぎる。人ひとりが犠牲になるだけで何人、何十人もの命が救えるのなら。
 ただ人質となった彼が朱雀七星士。彼を失うことが意味する事…朱雀召喚が出来ない。それだけはなんとしても避けなければならない。
 鬼宿もそれは覚悟の上だろう。彼の安否を無視することは出来ないが正式な約束ではないが皇帝の前で紅南への介入をしないといった以上しばらくは安心だろう。だとしたら今自分たちがすべきことは一刻も早く残りの朱雀七星士を探し出すことだ。
 井宿は空を見上げた。
 残り三星、翼宿星軫宿星張宿星。どの星も少しだけ陰りがある。よくないことの前兆か。
 対して青龍の星は…
「いや、やめておくのだ」
 星の動きを読んだとしてもそれが正解とは限らない。警戒するに越したことはないが深読みしすぎるのは悪い癖だ。
 与えられた宮殿の一室はどうにもなれない。国の未来を担う朱雀七星士として最上級のもてなしなのだろうが、役人の家で生まれ育った井宿にも豪華すぎて落ち着かない。
 気を紛らわせるため書庫へと足を向けた。星宿に好きに使っていいと言われたのだ。
 それに旅の途中情勢は探っていたとはいえ一個人の収集力では限りもあるし何より芳准からすべてを奪ったあの天災からの数年間は世間とは無縁の生活をしていたのだ自分の知識が正しいとはとても思えない。
 好きに使っていいといった書庫の宮殿の書庫というには随分と粗末…いや実家の書庫に比べると格段に多いが想像していたほどの量はない。
 けれど驚いたのは何よりも中身だった。
「これ、本当にオイラが見ていいのだ?」
 過去に井宿が死にもの狂いで勉強した経書や孟子、兵法ももちろんある。
経済や他国との関係など井宿の知らない「現在」を表した書物を読み解くと止まらなくなった。
読めば読むほど浮彫になる。紅南国がどれほど弱小だということか。
表舞台に上がっていることだけこの状況だ。だとしたら非公式に揉み消されたことがどれほどあるだろう。
 これをまだ少年と言ってもいい皇帝が背負うものに背筋が凍った。
 子供の頃から必死に目指してきたものはこういう世界だったのだ。
 どれくらいか時間が過ぎたころ、書庫に誰かが入ってきた気配がした。一瞬警戒したがその人物が星宿であると気づいた瞬間慌てて礼をした。
「そのような堅苦し礼などしなくてよい。ここには私とそなたしかいない」
 無礼を承知で盗み見ると、出会った時のような神々しい服ではなく髪をおろし服も随分とラフな格好であった。
「では、お言葉に甘え失礼しますのだ」
 礼を解き笑顔を向けると年相応の笑顔が見えた気がした。
「ここの書庫は使ってもよいと聞きましたが、まさか陛下まで使用されているとは思いませんでしたのだ」
「ここは官吏たちが使う書庫とはまた別で、大臣に頼んで必要な書物を最速で見つけられるよう私が集めさせた書庫…というより物置場に近いかもしれぬな」
「だっ!」
 つまりここは皇帝陛下と陛下側近しか閲覧できないような厳重書類の宝庫ではないか。
「すみませんのだ。そのようなところにオイラがきてしまって」
 思わず机の上の書物を隠そうとしたが、到底隠せる量でもない。
「何を言っている。私たちは仲間ではないか」
「なかま…」
「最もここに来たのはそなただけだがな」
「だ~」
 納得はする。性格にもよるが文字に興味を示すのは育ちによる要因が大きい。柳宿はどうだかわからないが農家出身の鬼宿は下手したら文字すら読めないかもしれない。
「ちょうど良い機会だ。そなたとゆっくり話してみたいと思っていたのだ」
「オイラと、ですか?」
「仲間がどのような人物か知っておきたいと思うのは当然だろう?」
 驚く言葉の数々に目の前の人物の気配を再度確認するが、気を隠すどころか巫女を心配し仲間の無事を安堵していたあの時と穏やかで優しい気配とまったく同じだ。
「鬼宿たちはどうだ?」
 確かに仲間を思いやり、若者らしく行動力にあふれた気のいい少年たち。けれど戦うということがそれだけではいけないと井宿は知っている。
それを思うままに皇帝陛下に進言してよいものだろうか。
「私は皇帝陛下としてではなく、朱雀七星の星宿と井宿として話がしたい」
 こんな風に皇帝陛下といえ話しかけられたなら美朱や鬼宿などはすんなり気を許すだろう。
けれど人間の裏の顔を幾度となく見てきた井宿は簡単に相手の懐に入ろうとは思えない。まして相手は皇帝陛下だ。
「正直なところ、良くも悪くもみんな若いと思いますのだ」
 少し考え、本心をはぐらかせた。
「そう、だな…」
 苦笑いする星宿は誰よりも悪い意味での「若さ」を知っているのだろう。
「ただ、オイラには鬼宿たちのような行動力はありませんのだ。見ていて怖いとは思いますが制御さえすれば大丈夫だと思いますのだ」
 無意識に出た制御という言葉は井宿の人への信頼感を表している。もちろん仲間にも。
「七星だからというだけでここへ通した理由が分からぬといった感じだな」
「そのようなつもりではありませんのだ!」
「だが事実であろう」
 言葉も返さず、ただキツネ目を歪めるだけ。
「よい。確かに私はそなたのことをよく知らぬ。そのように思って当然だろう」
 皇太子の時とは打って変わり皇帝となってから敵意を向けられることはほぼない。彩賁帝を快く思っていない者でも表向きは媚びるかのように皇帝に話を合わせる。
 四正国の貿易事情を書き示した書物が井宿の手元にある。
 それはただ貿易の統計を書いただけ。それだけで四正国との関係から紅南倶東の情勢が分かったというのなら、なるほどそれなりの知識と回転のよい頭を持っている。
 そのような人物が自分の前で心の内をそのままとは言わないが偽ろうとはせず不信感を隠さない。星宿としてはこれほど信頼できるものはいない。
「私たちはまだ出会ったばかりなのだ」
 子供時代を孤独で過ごしたこと、巫女や七星士に夢見て焦がれたこと。わざわざ口には出さない。
「美朱や私たちが出会ったのは星の導き。けれど共にあるということはそれだけではあるまい」
 皇帝…星宿の言葉に困ったように笑うだけの井宿に悲しく思いながら言葉を続ける。
「そなたに頼みたいことがある」
「頼みたいこと、ですのだ?」
「そなたの言うとおり美朱も鬼宿も皆若い。残り三星も年若いものかも知れぬ」
 人を見る目はあるほうだと自負している。
「美朱たちを見守ってほしい。私は紅南国皇帝だ。皇帝であるが故に出来ぬことも多々ある。近くで見守り時に導いてほしい」
「はい。朱雀七星の名にかけて美朱を護りますのだ」
 やはり星宿の言いたいこととは少し違う。
 認識がまったく違うのだ。井宿と星宿にとって朱雀七星とは。
 けれど星宿は訂正しない。大切な巫女が教えてくれたのだ「命令で人の心は動かせない」と。



「星宿様。鬼宿の件なのですが」
 重々しく開いた口は鬼宿が倶東国へ行ったこと。
 星宿自身もそうするかもしれないと思っていたが、やはり。
「人質として行った以上殺されはしないと思いますが、朱雀召喚の要となる七星をそのまま生かしておく理由は倶東にはありませんのだ。そして四神天地書…」
 敵の術者の存在。
「しかしそなたも知ってのとおり我が紅南は倶東に刃向う力はない。だが言いなりになるわけにはいかぬ」
 青龍の巫女を探し出したということはあちらも七星士を集めているはずだ。
 早めに何か対策をしておく必要がある。
 詳しい現状と互いの意見を言い合うが倶東に気づかれず鬼宿を傷けられないようにする手立てが浮かばない。
 倶東と紅南の国境付近の地図を見ていた井宿が何やら思案しながら口を開いた。
「星宿様早馬を出すことができますのだ?」
「ああ…しかし」
「確かに先ほどの間者は只者ではありませんのだ。捕まえることは困難だと思いますのだ。だが追いつくだけならば」
 倶東へ最短で向かう場所にはいくつかの関所がある。だが間者が時間と動力のかかる関所など使わない。だとすると通る道は限られる。
「少し遠回りになるとはいえ間者にはこの道が最短。そして効率を考えても馬を休める場所が必要ですのだ」
 諸国を旅をしていたからこそ分かる。最短ルートかつ一目をさけ、馬を休めれる場所。
「恐らくここですのだ。ここに先回りして鬼宿に合流してこれを渡すことが出来れば」
 井宿が取り出したのは小さな数珠。修業を始めたころから身に着けていたそれは井宿の…朱雀の力が十分に備わっている。それを利用して術を仕掛ければ鬼宿の守になることは無理でも四神天地書を青龍七星が触れることが出来なくすることは出来る。数珠を天地書にかけることが出来れば。
「なるほど」
「本当はオイラが行けば簡単に鬼宿と合流することは出来るのだが…術者のオイラが仲間と別行動をしていては青龍に気づかれる恐れがありますのだ」
 青龍七星士の中にも術者がいる。なるべく隠密に行動する必要がある。
「今すぐに手配しよう。せめて天地書だけは守らねば。準備が出来次第声をかける」
 そう言い星宿は部屋を出た。
 残った井宿は手のひらの小さな数珠をギュッと握りしめた。
 何故そんなに信用出来るのだろう。見た目も口調も怪しい何者かも分からない自分こそが井宿を名乗る間者とは思わないのだろうか。
「甘いのだ」
 誰も彼も、甘すぎる。
 裏切りも人の醜さも間近で見てきた井宿は吐き気すら感じる。けれど
「朱雀の仲間はきっと井宿を受け入れてくれるね!」
 娘娘の言葉が「仲間」と言われてからずっと頭から離れない。
 運命なんて信じるか!
 宿命なんか知るか!
 天に浮かぶ朱雀七星の星は変わらず陰りが見える、けれど何故か先ほどよりも繋がっているような気がして…数珠を持った手をそっと広げ意識を集中した。
 手放しで歓迎されても仲間として輪に入ることは出来ない。けど
 朱雀七星の悲しい結末だけは、見たくない。
 悲しい結末なんかもう、見たくないからそのために動こうと。

終わり                 

流光の咲き

元気な子供は平和の象徴というが、子供の笑顔には不思議な力があるように思える。
 何が楽しいわけでもないのに、思わずこちらも笑顔になっていることに気付く。
 わーきゃー騒ぐ子供たちに翻弄される大人たち。
 見守る周囲の優しさ。
 平和だな。と心の底から思う。
 あの戦争から7年。倶東国の国境付近はまだまだ復興途中だが首都の栄陽には7年前の面影は残っていない。
 不安、絶望、恐怖に誰もの顔が曇っていた。
 それでも前へ向き、復興する街に人間のたくましさを知る。
 心に感じる小さな痛みを振り切るように目的地、紅南国宮殿へと足を進める。




 長い間旅をした。
 天災で、今よりもずっと身も心も未熟だった自分がすべてを失ってから、旅をしていた。
 あれから13年。
 いろいろなものを見てきた。
 人の温かさも人の残酷さも。
 東の国境付近では、都とは違い戦争の被害も大きく都のような復興はまだまだ遠い。
 家や職、家族を失った者たちが多く、10にも満たない子供が盗みをすることも珍しくない地域も多々ある。
 当事者としてもこのままではいけないと思う。しかし七星の力ではどうしようもないと七星の先輩である白虎七星士は言った。
 それでも納得しきれない井宿に奎宿はそれが現実だと苦々しく語った。
 自分たちの持つ力は人には過ぎた力で、使い方次第では先の倶東の皇帝と同じ、いや四正国全てを支配することすらできる大きな力だ。
 この能力(ちから)は権力のある場所では決して使うものではない。
 そう言う100の齢を越えた白虎七星士の言い分は説得力があった。
 それよりも女はいいぞ!と語った奎宿は相変わらずで下心に鼻の下を伸ばした奎宿への体裁もまた相変わらずで苦笑した。
「旅をしていい女見て見聞深めるのもいいが、やっぱり落ち着ける場所があるってのはいいもんだぜ」
 遠まわしに当てのない旅よりも居場所を見つけろと言われた気がして少し居心地が悪かった。

 少年だった仲間も山の頭として、彼の親友の副頭と共に足りないところをお互い補いながら立派に務めているという。
 訪ねたときはいつも快く迎えてくれる。頭の仲間としてというのも当然あるが、定職にもつかずふらふらと流れている不審者丸出しの自分を迎える事は山自体がきちんと運営できているということだ。
 いつまでも子供だと思っていた仲間が少しずつ、確実に大人になる姿は嬉しくもあり、うらやましく感じる。
 彼を見ていると時の流れを感じる。
 自分にとって変化は旅の風景。
 変わらない日常。
 山賊稼業に、頭として一生懸命生きる彼と自分では決定的に何かが違う。
 昔は将来のため、役人になるために一生懸命勉強していた。
 大極山での修業時代は生きることに、目の前のことをこなすことに必死だった。
 そう。今の自分には彼のようにそして昔のように”目的”がないんだ。
 七星の役目を終えてから目的を見失ったんだ。



 
「まぁ。井宿久しぶりですね!」
「鳳綺様、芒辰様、お久しぶりですのだ。芒辰様大きくなられましたのだ。ますます星宿様に似てこられたのだ」
 照れたように笑う芒辰は父親似というよりは母親似だなと思わずクスリと笑う。
「井宿も、元気そうで何よりです」
「ねぇ、旅の話をして!」
 子供特有の好奇心に満ちた瞳。
「芒辰、挨拶もまだきちんと終えていないというのに、それに井宿も旅をして疲れているんですよ?」
 不満そうに母親を一瞬見てぷいと顔をそむける。
 皇太子として生を受け育ち、それ相応の教育を受けている芒辰とはいえまだ6歳。
 公式の場ではともかく、母や気の置けない相手には子供の顔を見せる。
「構いません鳳綺様。芒辰様はどんな所へ行ってみたいですのだ?」
 苦笑しながら小さく頭を下げる鳳綺。
 宮殿で暮らす芒辰が行ったことのない場所、見たことのないようなものを選んで話した。
 目を輝かせて聞く芒辰を見て、かつて大人の顔をしていた星宿に旅の話をした時も少年のように喜んでくれたことを思い出した。
 一頻り星宿や七星、旅の話で盛り上がった。落ち着いた頃を見計らって鳳綺が話を切り出した。
「さぁ、そろそろ井宿を右大臣に返してあげましょうね芒辰」
 にこりと笑う鳳綺に井宿は目を見張った。見るとそばで控えていた右大臣が同じように驚きの表情を浮かべている。
象棋(シャンチー)(中国版の将棋)の約束をしているのでしょう?」
「鳳綺様何故…」
「見ていればわかります。ここ最近右大臣が頻りに暦表を見ていたでしょう?象棋には目がありませんものね」
「いやはやそこまで見抜かれているとは、御見逸れいたしました」
「ふーん。右大臣は宮殿で1,2を争う象棋の腕だという。その右大臣がそれほどまでに楽しみしているとは井宿もかなりの腕なのだな」
「何度も指しておりますが、右大臣に勝てたことがありませんのだ」
 やったことのない芒辰はよく分からないと、首を傾げる。
「井宿様は時に私の思いつかないような指し方をされるのですよ。本当に面白うございます」
 井宿も芒辰と同じようで、
「そんなに変わってないと思うのだが」
「いえいえ!今までいくつもの書物を読んでまいりましたが、井宿様のような手を打つ方法はございませんでした。井宿様の今までの経験からくるものなのでしょうな」
 人とは違う人生を歩んだ自覚のある井宿は思い当るところがあるのか眉をひそめため息をついた。
 大極山での修業時代に何度か娘娘に象棋に誘われその破天荒ともいえる無茶苦茶な打ち方に閉口した事があった。
 人生経験といえば人生経験なのだ…
「…多分、何度か指したことある人が、かなり変わった人だったから少しうつったのだ…って無理なのだー!」
 一瞬見えた少年の眼差しに釘を打つと目に見えてがっくりと肩を落とした。
 そんな様子を微笑をたたえて見守っていた鳳綺が右大臣に部屋へ戻るように促し井宿もそれに従った。



「雑然としてまして、申し訳ありません井宿様」
 そう苦笑する右大臣の顔は疲れているように見える。
 右大臣の執務室は以前来た時よりも確かにずいぶんと雑然としていて、机の上などはほぼ書物で埋まっている状態だった。
「お忙しいのですのだ?象棋はまた次回にしたほうが…」
「いえ、確かに忙しい時期ではありますが、一区切りついたところですので是非井宿様に付き合っていただけると私もうれしいです」
「オイラは官吏ではありませんので出来る事も限られていると思いますが、オイラに手伝えることがあったらなんでもお手伝いしますのだ。体を壊しては元も子もありませんのだ」
 本当に心配そうに言う井宿に礼をいい、考えるそぶりをした右大臣は少しして口を開いた。
「…そうですね。井宿様もまったくの無関係ではないかもしれません。お耳に入れておいたほうがよいのかもしれません」
 用意してあった象棋を挟んだ椅子に腰かけて一息をつく。
 事の起こりは7年前の倶東国との戦争なのだという。
 倶東軍の進出の痛手は紅南国に大きな傷を残した。
 都市部は2年と経たずにずいぶんと復興したが地方、特に倶東国との国境付近は今も荒れ放題の地が多い。
 そして家や家族を殺された戦災孤児が集まり盗みは当然、恐喝、そして殺しにまで手を染める子もいるという。
 そんな孤児たちを集め、人間らしく暮らし、適度な教育を施せる場所を作ろうという計画が持ち上がっている。ということだ。
 話を聞いて井宿は驚いた。
 青龍召喚を阻止できなかった朱雀七星士として、李芳准という一人の人間として気にしていたことで、井宿自身も考えたことのある理想論だった。
 しかしそれは奎宿のいう「仕方のないこと」で、井宿も一個人ではどうにか出来る問題ではなかった。
 だが、こうして都が動いたということは…。
「誰もが幸せに暮らせる世を作ることが陛下の願いでもありましたので。時間はかかるでしょうが…」
「具体的には…」
「まだ準備段階で、村の一部をその地にするのではなく新たな土地で集落を作ると考えております。候補地はあるのですが最終決定となれば私も視察に行きたいと思いますし、日数がかかりますのでなかなか先へ進まないのが現状です」
 本当にイチから始めるのだ。苦笑する右大臣の顔にはやはり疲れを隠せなくてなんとか力になりたいと思う。それに、
「移動の術なら使えるのだ!行ったのない場所でも近くにまで術で行けばそれほど時間もかからないのだ!」
「おお!」
 もちろん場所によると伝える。
 瞬間移動なら得意分野だ。術や何年も放浪していたこの経験が活かせるのならいくらでも手伝うことが出来る。
「井宿様私どもをその地まで連れて行っていただけますか?」
 笑顔で了承すると、右大臣はさっそくとばかりかりに近くにいた者に指示を出し準備を始める。
「だ…今すぐなのだ?」
 置いてけぼりにされたため息をつき井宿は目の前の象棋を見た。時間の都合で中途半端になった前回と同じ状態にすでに用意してある。
「まぁ。いいのだが…」
 自分には時間はいつでもあるし急ぐ必要もないのだ。目の前の盤の次の手を考える。
 少しして恐縮した様子の右大臣が参考にと候補地を記した資料を持ってきた。
 いくつか候補地はあって、どの地も倶東との国境付近からそれほど遠くなく栄陽もしくは紅南の大きな町からも離れていない場所である。
 土地の環境や周辺地域の環境を考慮した上で最有力候補となった地を見て井宿は愕然とした。
「な…」
 何故ここが…
 驚きのあまり声さえ出ない。
 全身の血が引く。変わりに心臓はうるさいくらいに鳴り響く。
 確かにここなら、国境付近からそれほど遠くなく周辺も何もないだろうから孤児を受け入れはやりやすいだろう。そして何か問題があってからも大きな町もそれほど遠くないため対処できるだろう。
 だが、何で…
 数多にある場所から何故ここが選ばれた。
 記された場所は、井宿が18の時まで過ごしたあの故郷だった。




「井宿様大丈夫ですか?顔色が悪いようですが…」
「…いや、大丈夫なのだ…」
 右大臣に促されるまま担当の役人2人を連れいくつかの候補地を見て回った。
「申し訳ありません。井宿様に甘えてしまいまして」
 能力を使っての疲れだと判断した右大臣は本当に申し訳なさそうに言う。彼にしてみれば無理やり連れだしたも同然なのだろう。
 頭の隅でそう理解しても弁解する気力がない。
「後1か所ですのでお疲れのところ申し訳ありませんが、お願い致します」
 最後の場所、故郷へ。
 心配そうに見つめる右大臣たち。今の自分はそれほどひどい顔をしているのだろうか。
 彼らの思いも、星宿の願いも無為にするわけにいかない。
 井宿は術を放った。


 少し周りを見てくると言い訳にしか聞こえない事を伝え一人離れた。
 頭が痛い。吐き気がする。
 必死に拒否しようとする体と無意識に発動しようとする能力を抑える。
 手頃な岩に腰かけ頭を抱えた。
 ここに集落を作る。そんなこと考えたこともなかった。
 そんなことをしたら…
 いや昔住んでいた地は本当に川岸だった。集落が高台ならば可能かもしれない。
 実際に高台の家は今も残っている。
 けれど、井宿にとって人生を左右したあの洪水を簡単に理解することはできない。
 故郷に帰ったのはあの洪水(とき)から2回目だ。
 一度は飛皋と再会し永久の別れをした後彼の墓、といっても彼の遺体は出てこなかったし墓も洪水被害者全員を埋葬した墓なのだが、参る決心をしたからだ。
 飛皋…
 無意識に首にかけた玉を握る。
 そうだ、あの時俺は己の生を歩んでいく。そう誓ったではないか。彼も彼女も両親もみんなが眠るこの地で。
 逃げてはいけない。
 逃げてはいけないんだ。
 面をはがすと素顔が露わになる。
 立ち上がると資料を見て以来ずっとあった頭痛と吐き気が少し楽になった気がした。
 ゆっくりと故郷を見て周る。
 実はこれ自体は洪水後初めてだった。
 直後はとてもそんな心情ではないし、前回もそこまでの余裕はなかった。
 でも今は都が進める計画のためにも、星宿様の理想のためにも、七星としても、みんなが眠るこの地で後ろ向きな姿を見せるわけにはいかない。
 記憶に残る風景とはほとんど変わってしまっているが、ところどころ面影のある場所もある。そしてやはり高台が多いと気付く。
 圧倒的な水力に負けて無残に折れてしまった木もそこから新しい枝が生えてきている場所もある。
 洪水直後は荒れ果てて見る影もなかったこの地だが草原のように草や花が生えている場所もある。
 自分が思っているより強い。自然は強い。
 死に絶えたこの地も新たな命の息吹が芽吹いている。
 しばらく歩くと随分と大きな木があった。
「この木もあの洪水でも生き残ったのだ…」
 樹齢100年は優に超えているだろうその木を眺めた。
 ゆっくりと木の周りを歩いていると、地面から1メートルほどのところに何やら字が彫ってあった。
 古いものだし、お世辞にも丁寧とは言い難いその字を解読するのは時間がかかった。

    飛皋 芳准

 横に並んでそう書いているのが分かると知らず涙がこぼれた。
「俺たちはずっと親友だからな!」
 そう言って7つか8つの頃に飛皋がその印だと村のご神木に刻んだ。
 当然その大人にしこたま怒られたのだが、その時の様子を思い出し思わず笑みがこぼれた。
「俺はダメだと、言ったんだが」 
 まさか20数年の時を超え、心を穏やかにさせてくれるとは思ってもみなかった。
 昔も、確かに飛皋がご神木に字を刻んだため大人に怒られたことは恨んだが、それよりもその気持ちが何よりうれしかったことを思い出した。
「井宿様…」
 そっと声をかけた右大臣は一通りの視察は終えたようだった。
「どうかされましたか?」
「いえ…」
 一呼吸して心を落ち着ける。
「ここは俺の生まれ故郷なんです。全てが流され何も残っていないと思っていたのですが、残っているものもあるのですね」
 井宿の手元の飛皋が刻んだ2人の名前を見て察したようだった。
 資料を手にしてからの井宿の変化も、1人でいたかった理由も。けれどこれだけは告げた。
「意外と強いものでございます。自然も人も」
「そうですね」
 そっとこぼれた涙を拭った。

 右大臣の後ろでそれまでずっと静かに控えていた男の1人がツカツカと井宿の目の前までやってきた。
 何事かと目を見張っていたら
「失礼致します」
 そう言ったかと思うと男は井宿に殴り掛かった。
 思わぬ不意打ちに避けようもなく思いっきりこぶしを喰らう。
「ちっ井宿様!」
 尻餅をつき、訳も分からず目を丸く見開く井宿と唖然とする周囲に構わずに男は言った。
「朱雀七星士、井宿、だと?」
 明らかに怒っている男に井宿はたじろぐ。
「…」
「生きているんだったら、なんで今まで黙ってた!芳准っ!!」
 胸倉を掴む男の顔が昔の記憶にある顔の面影と一致する。
「お…おじ、叔父上…?」
 その言葉に周囲が騒然となる。
「何故…」
「何故じゃねぇ!お前俺が栄陽にいるってこと忘れてやがったな!」
「え……あ!」
 ぷちぷちぷちという音が聞こえそうなくらい井宿の言葉で叔父の表情が変わる。
「故郷があんなことになって、兄者やお前たちも死んだと聞かされて俺たちがどんな思いをしたと思ってたんだ!それを…忘れてただと!?」
 もう一発と殴りにかかる叔父を周囲がやっとのことで止めに入った。
 ひと騒動の末、なんとかこぶしを収めたところで周囲が安堵の息を吐いた。
「醜態をお見せして申し訳ありませんでした」
 低姿勢謝る姿は先ほどとは別人だった。
 真面目を形にしたような父に対し、奔放な叔父。叔父のこんな姿を見たのは初めてだったが科挙に受かり宮殿につかえているのだから当たり前だと理解し不思議な感じがした。
「井宿様。実は李殿があなたの叔父上がこの計画の発案者なのですよ」
 え、と視線を向けると真面目な顔をした叔父がいた。
「芳准、俺はここで生まれ育った。目を閉じれば昔の風景を思い出すことができる。あの時俺は知らせを聞くことしかできなかった。瓦礫で道も遮断され助けに行くことも出来なかった。言い訳にしかならないが、すまなかったな芳准」
 思わぬ謝罪に一瞬言葉に詰まる。
「そんな!俺こそ…何もできなくて、守れなくて、この能力(ちから)を持っていたのに誰も護れなかった…」
「あれは自然災害だ。たとえ朱雀の能力(ちから)を持っていたとしても人ひとりの力ではどうしようもなかっただろう。苦労したんだろうな芳准」
 真正面からの視線に今自分が素顔であることを思い出す。
 頭を軽く撫でられた。優しい瞳はあの洪水で亡くした父と同じものだった。
「並大抵の苦労ではないだろうが父上や兄者、村のみんなが護ってきたかつての賑わいをこの地に戻したい」
 何を残すかではない、何をするかが大事だと父はいつも言っていた。
 七星として能力を身につけ仲間とともに巫女と朱雀を呼び出し、七星の役割は終わった。
 だったらこれからは何をすべきだろう。
 七星として、一人の人間として。
「俺も出来ることなら、人が賑わうかつてのような集落にしたいと思う」
 父がこの村を守ってきたように。仲間たちが国を守ったように。そう素直に思った。
「そうか」
「あ…しかし井宿という肩書あるだけで官吏でもないオイラに出来ることなんて…」
 国が動いている以上国が決めた人間、役人でないと個人でできることなんてたかが知れている。
 こんな風に術で人を連れてくることすらお役所仕事では邪道でしかない。
「役人になったらいいねぇか」
 あまりにも簡単に言う叔父にどう反応していいか分からない。
「だ…」
「朱雀七星士井宿なら可能ですよね。右大臣」
「だ、いやだから、それは確かに鳳綺様に言えば手伝うことも出来るかもしれませんが役人になるなんて話はまた別なのだ…」
 そんな肩書1つで役人になれるのであれば難関のあの科挙登用試験はなんだというのだ。
 張宿が何のために勉強していたというのか。
「えっと…失礼ですが井宿様のご本名は?」
「だ…李芳准といいますのだ」
 名前をつぶやきながら何かを思い出すように空を見上げる。
「おお!可能でございます」
 その返答に井宿のほうが驚く。
「井宿様、以前郷試をお受けになったことがございますね」
「だ…そういえば昔に一度だけ」
 井宿が18歳の時、あの洪水が起こる1か月程前に本番の雰囲気に慣れておくためと科挙の一次試験を受けたことがあった。
「今回候補地と考えたときこの地に関して洗いざらい調べました。もちろん以前ここに住んでいた者もでございます。確かに書には13年前の地方試験で李芳准という若干18歳の若者が試験に合格したと記されておりました」
 地方での試験とはいえ結果はすべて栄陽の都へ送られる。
「だっ…あの時の試験、受かっていたのだ」
 結果は洪水でうやむやになってしまったが、あの難関の試験を一次とはいえまさか受かっているとは思わなかった。
「しかし、それと何の関係が…?」
「7年前の戦争の復興活動は我々だけではとても手が足りず深刻な人手不足となりました。その救済処置の1つとして殿試の免除そして若干名ではございますが郷試の合格者で特に優れていて国に貢献できると認められたものに限り地方官吏として認めるという制度ができたのでございます。ご存じりませでしたか?」
「…初めて知ったのだ…」
「井宿様の当時の成績は郷試合格としてはギリギリではございましたが1回目の試験であり若干18歳であるということ、何より朱雀七星士井宿としてのご活躍をを考慮すればこれ以上の人材はおりません」
 人生どう転がるか分からないというが、今のこの状況だと井宿は思う。
 象棋を指しに来たはずだったのに、いつのまにか故郷に行き、生き別れていた叔父との再会。そして昔あれほど必死に勉強していて目指していた役人に今あっさりとなれるという。
 全てが突然のことすぎて処理しきれない。
「役人に…俺が…」
「我々としても井宿様が役人となられたらこれほど嬉しいことはございません」
『この能力(ちから)は権力のある場所では決して使うものではない。この能力(ちから)は権力のある場所では決して使うものではない』
 奎宿の言葉がよみがえる。
 郷試に合格しているとはいえ、七星としての行いを認められての採用となれば能力を使うことは前提となるだろう。
 権力のある場所で。
 阻止できなかった戦争によって出来た孤児たちが安心して暮らせる場所を作りたいと思う。
 叔父の言うように生まれ育った故郷を復興させたいと思う。
 けれど…
 使い方次第でこの能力(ちから)は良くも悪くもなる。
 本当にやろうと思えば一国を滅ぼすことすらできるのだ。七星士1人の力でも。
「孤児の救済、復興の話はオイラに出来ることなら協力したいと思うのだ。…役人の話は少し、考えさせてほしいのだ」
 能力があってもなくても結局は無力ではないのだろうか。
「わかりました」
 目的のために個人で出来ることなんて限られている。だが人外の大きな能力(ちから)を持った自分が権力のある場所にいるということはそれだけで災いとすらなる。
 使い方次第だと言われたらそれまでなのだが、決心はまだつかない。
 だが1つだけ分かったことがある。
 生きようと、生き返ろうという力は強い。自然も人も。
 俺はこれからどう生きるか、そしてどう能力(ちから)と付き合うかを考えなくてはいけないんだ。
 目の前で復興へむけ勤しむ彼らが眩しかった。





========

旅をするのもいいけど、故郷にも目を向けてほしいなという願いからの妄想です。
飛皋のことや洪水のことを思い出すだろうけど、やっぱり生まれ育った土地だから。
この先井宿がどうするかは別の話v
というか、叔父さん登場させるつもりなかったのに…
栄陽に住んでいて役人をしている叔父さんを無視することは出来なかった^^;
でも数少ない井宿の人脈ですv
あ。右大臣は井宿と仲がいいという脳内設定です。


雨宿り

テンコウに拾われてそんなに間もない頃の飛皋。


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