天に住まうものは地上に干渉することは否に等しい。
そんな天帝が数十年に一度の例外を作ったのは運命に翻弄され生きる意志を見失った朱雀の証を持つ男。
けれどそのような運命を持つ人間など掃いて捨てるほどいる。
人間に手を貸す理由となったのは今は東に居を構えた魔人と朱雀と対局となるであろう青龍七星士とその能力。
魔人と青龍七星士が手を組み思いのまま力を使えば四正国は滅びるだろう。
それは天帝の意ではない。
とはいえ気まぐれ程度に拾った人間の扱いなど天帝に分かるわけもない。
先に述べたように拾った男は生きる意志すら見失っているのだ。このままでは朱雀の任どころか与えられた能力を使い死を望もうとする。
それでは魔人と青龍七星の存在の事情もそうだが、なにより拾った天帝自身がおもしろくない。
だが、天帝として敬うどころかこちらの言葉を耳にいれることもせず一人の殻にこもる人間に対し最初こそは自ら相手をしていたがいい加減面倒になり好きなようにさせた。
ワンワンギャーギャーとまるで脅える子犬のように吠えることしか知らない人間は娘娘はいたく気に入ったようでちょっかい出しては反応を見て楽しんでいる。
それがしばらく続くと何に対しても無反応だった人間が徐々に口を開き始めた。
まったくもっておもしろくない。
ただでさえ人当りがよいとはお世辞にもいえない顔が隠そうともせず不機嫌を現す。
「太一君、砂かけばばぁね!」
「太一君の顔治したいね」
「修理ね」
あーしてこーしてと娘娘たちで新しい顔の相談すら始める始末。
側で眺めていた人間は眉間にしわを寄せ戸惑うばかり。
すぐに飛んでくる怒号がないのをいいことに娘娘たちの話し合いは止まらない。
娘娘たちの目が光り人間見て、笑った。瞬間、人間の顔がポンと音を立てた。
「なっ!」
早速巻き込まれた愉快な被害者。
顔をまるで福笑いをしたかのように強制的に表情を変えケラケラと娘娘たちが笑う。
術がかけられたと本能で理解したのか娘娘たちのからかいよりも大慌て。身振り手振りでどうにかしようとするが、術がその程度で解けるわけもないと嘆息する。
「なんじゃその程度の初歩の術、解くどころか漠然と感じることしか出来ぬのか」
「じゅつ?」
人間からまともな反応が返ってきたよりも呆れのほうが大きい。
朱雀に能力を与えられ術者の才を持つ人間が、術が身近な生活なしているにも関わらず何も知らないとは。
「ちちり、今娘娘と遊ぶのに忙しいね!」
「楽しいね!」
「いっぱいいっぱい遊んでるね」
術がかかっているにも関わらず人間の顔が大きくゆがんだ。
いったいどういう遊びをしているのやら。
「いや、あれは…」
「鬼ごっこするね!ちちり!」
逃げようとしたところで、娘娘たちにはあっさり確保される。
「娘娘たち鬼で、ちちり逃げる役!」
「決まり決まり」
「わーい!」
がっしりと手を掴まれずるずると引きずられる人間を見てほぅと感嘆の声を上げた。
娘娘たちの術を自力で解いているではないか。
鬼の姿に変身した娘娘たちが術で攻撃しながら追いかけるのを必死に逃げる人間の姿が視界に入る。
あの様子では意識して能力を使うのはまだまだ先だなと頭の隅で思いその場から姿を消した。
人間とはよく分からぬ生き物。
わざわざ手を貸し、口を出し、と何かを与えようとすると反発し拒否をするくせに、手を放した途端自力で得ている。
口数は少なく積極性にも欠けるが少なくとも最小限程度の意思を娘娘に伝えるようにはなっていたようである。
実に不可解である。
「しばらくこのまま娘娘に任せてみるとしよう」
身の回りも静かになるし一石二鳥だ。
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