忍者ブログ
プロフィール
HN:
ゆま
性別:
非公開
P R
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

いつか、きっと





 彼、鬼宿は悩んでいた。

 巫女を守り朱雀を呼び出し国を守るという大きな使命を持つ朱雀七星士とはいえ、まだ若干17歳の彼は悩める思春期の少年。それも仕方のないことだ。

 そんな彼が悩んむ理由は大きくわけて2つある。

 1つは家族のこと。もう1つは朱雀の巫女、美朱のことである。

 そして今回も例に漏れることなく朱雀の巫女、美朱のことであった。

 先日、美朱の世界のイベントで゛ばれんたいん゛というものがあった。それは本来は男と女のイベントであり女が男に告白の意を込めて゛ちょこ゛を贈るというものであった。

 美朱と恋愛関係にある鬼宿はチョコを貰った。

 いろいろと苦難の道を通ったが、なによりもその行為そのものはとてもうれしいものだった。

 愛を受け取ったからには美朱へ伝えなければいけない。

 が、そこが問題なのだ。

 彼女の喜びそうな食事に誘いお腹いっぱい食べさすてあげようかと思ったが、朱雀の巫女という立場にある彼女は日頃豪華な宮殿の食事をお腹いっぱい食べている。

 それにどうせなら形に残る物がいい。

 ならば少し奮発して綺麗な簪でも贈ろうかと思ったまではよかったが残念なことに先立つものがない。

 タイミングの悪いことにチョコを貰う3日前に弟から手紙を貰ったのだ。

 内容は家族のことや国のために働く長男への激励だったのだが、

 「今年は不作だけどなんとか食いつなぐことは出来るから心配しないで」などということをチラリと書いていたのを頼もしい長男が見逃すわけもなく、

 ちょうど少し貯まったお金も出来ていたので翌日に家族たちの元へ届けに行ったのだ。

 家族と美朱を天秤にかけることは出来ないが、どうしてこう両方重なるのだろう。そう思い大きく息を吐く。

「どうかしたのだ?」

「井宿・・・」

 七星として宮殿へ迎え入れられても続けているよろず屋は運悪くなかなか仕事が入らない。

 彼女を喜ばす術を知っているだろうかと相談しかけて、やめた。

「いや、何でもねぇ…」

「・・・何なのだ、そのオイラに話しても仕方がないというあからさまな態度は…」

「えっ・・・いや・・そんなつもりは…」

 ハハハと軽く鬼宿に小さくため息をついた。







「そういうことだったのだ・・・オイラにも似たような経験あるのだ」

 苦笑しながらそういう井宿を少し意外な感じがしたが年を考えれば恋愛経験の1つや2つあっても少しもおかしくない。

 ただあえて「似たようなことが」と言ったのは井宿に相談しても解決しないと思ってしまったことにする井宿なりの小さな反論だろう。

 鬼宿としては、見た目は年齢不詳正体不明だから仕方ねぇよ。と本気で思うのだが。

「金がねぇからなんで格好悪いし・・・貧乏つーことはあいつも知ってるけどよ・・・何より美朱が苦手な料理作ってまで俺に気持ちを伝えてくれたのに何も出来ねぇなんてみっともねぇ」

 目をそらし僅かに頬を染めた鬼宿を微笑ましく思う。

 若いのだ・・・と思い自分の過去を思い出し少し胸が痛む。

 でも美朱や鬼宿たちには自分たちのようになってほしくないのから。

「鬼宿君は美朱ちゃんがどう思っていると思うのだ?」

「どうって・・・」

「美朱ちゃんは何をしたら一番喜ぶと思うのだ?」

 だからそれが一番問題なのだが。と小さく思うが口にしないのは誰かに答えを貰うようなことではないと分っているから。

「何が欲しいかじゃなくて、何に対して喜ぶか。だよな」

 どっちみち何かを買おうと思っても今すぐには無理なのだから。

 どれだけ自分が美朱のことを真剣に思っているか、何よりもそれを伝えたい。

「ちょうど今は休息のときなのだ。どこか2人で出かけてくるといいのだ」

「井宿・・・」

「オイラに出来ることがあれば手伝うのだ!」











 連れて行きたい場所はある。

 でもそこは少し遠いからほんの少し人の手を借りるけど、きっと美朱なら喜んでくれる。

 みんなも喜んでくれる。

 これから何があるかは分らない。

 けれど、

 いつかきっと、一緒にずっと離れることなく手をつないでいたいから。





「美朱、一緒に行きたい場所があるんだ」







PR

Happy Valentine's Day!!





「あーーー井宿、いたいた!!」

「美朱ちゃん。どうしたのだ?そんなに慌てて?」

 少し乱れた息を整えると美朱は手に持っていた袋から小さな包みを取り出し井宿に手渡した。

「はい、これ。今日バレンタインだから」

「ば・・・ばれっ??」

「えへへ。私の世界のイベントなんだ。

今日はね、女の子から大好きな男の子にチョコをあげる日なんだよ。井宿にはいつも迷惑かけてる」

「これ、もしかして、美朱ちゃんが・・・??」

 恐る恐る聞いてみるが、返される言葉は否定することはないだろう。

「うん、私が作ったの」

「・・・・・・・・」

「あんまりチョコ持っていなかったから、ちょっとしかないけど」

「あ、ありがとうなのだ・・・」

 以前美朱の作った料理を食べた時のことを思い出し呆然と手渡されたチョコを見る。

「私こそ、いつもありがとうね。井宿!」

 美朱の手の袋から見える貰ったものと同じだと思われる包み紙を見て、何事も起こらなければいいのだが。とちらりと思う。

「井宿・・・あのね・・・」






※ ※ ※







 紅南国宮殿の一室の前で1人の少年がいた。

 扉に手をかけ声をかけようと口を開くが、そのまま声にならずに口を閉じる。

 しかしノックをするかのように扉の前まで拳を持っていくが、やはりそのまま手を下ろす。

「美朱・・・」

 俯いたまま小さくつぶやく。

 彼、鬼宿は悩んでいた。

「なんで・・・・・・」

 昼前、星宿様は美朱から「ちょこ」と呼ばれる美朱の世界のお菓子を貰ったという。

 聞けばそれは、美朱の世界のイベントで今日は女の子が好きな男にチョコをあげるという日らしい。

「俺には、ないのか・・・」

 チョコを貰うどころか美朱の顔を朝食時に1度みたきりだ。

 美朱の世界のお菓子には興味はある。

 だが、しかし空が薄暗くなったこの時間になっても何も貰っていない。

 それどころか、自分のことが愛しているのなのなら1番に渡してもいいはずだと思う。

 なのに、何故。

 もし否定されたら。

 もし自分よりも星宿のほうが好きだと答えたら。

 そう思うと、心が重くなるのだった。

「た、鬼宿・・・」

「美朱」

「鬼宿、あのね・・・私っ・・・・・・」

 そう言ったきり口を噤んでしまった。

「美朱・・・」

 目を逸らしぎゅっと服を握り締めている美朱を見てもしかして、本当に。と思い始める。

「ごめんなさいっ!!!!」

 それを肯定するかのように謝罪の言葉が述べられる

「私・・・私・・・・・・」

 ぎゅっと目を閉じた美朱の肩に震える手でそっとおく。

「美朱・・・おっ俺より、星宿様を愛しているのか」

 聞きたくはないが、聞かなければいけない。

「えっ!?・・・なんで私が星宿を???」

 帰ってきたのは肯定も謝罪でもない否定の言葉、しかも見ると美朱自身きょとんとしている。

「・・・星宿様に「ちょこ」ってやつあげたって・・・あれって好きな男にあげるって聞いた・・・」

 目を丸くしていた美朱だったが合点がいったかとでもいうかのように手をポンと叩いた。

 そこで義理チョコと本命チョコの違いを聞き、思わずその場に座り込んでしまった。

「なんだよ~」

「私は鬼宿一筋だよ。ちゃんと鬼宿のチョコも用意してるよ、はいっ!」

 渡されたのは可愛くラッピングされた小さな箱。

「私が作ったんだよ!」

 箱は違うんだけどねと続ける。

「ありがとうな、美朱!!」

「えへへ。どういたしまして」

 わずかに頬を染めてにこりと笑う。

「でもよう、なんで謝るんだ?」

 もっともな疑問だ。そのため自分は多いに勘違いして一瞬だが絶望してしまったのだから。

 そう言われてわずかに視線を泳がせた美朱が意を決したようにこちらを見た。 「昨日ね、鬼宿に綺麗な石くれたでしょ」

 確かに昨日出稼ぎの帰り道川辺でトパーズに似た薄い黄色の石を見つけ美朱に渡した。

「その石ね・・・ごめんなさい、なくしっちゃったの」

 ずっと探してたんだけど見つからないの。そう続けられた言葉を聞いて納得した。

 今日一日会えなかったのは自分の渡した石、しかもそのあたりに落ちている石よりはずっと綺麗という程度の石を探していたのだ。

 大切にしてくれていた。

 軽い気持ちで渡したその石がどれほど喜んでくれていたかを知り胸がいっぱいになる。

「美朱、ありがとうな。俺も一緒に探すよ!」

「うん、鬼宿!」






 美朱に聞くと、今朝まではあったという。

 つまり今日の行動をたどれば見つかるはずだ。

「今日は、朝起きてすぐ厨房に行ったの」

 「厨房」という言葉を聞き若干冷や汗をかいたがその言葉は後でよく吟味するとして。

「その後、ちょっと服汚しちゃったから着替えたんだけどね、そのときに気づいたの」

 制服といういつもとは違う服を着ているのには気づいていたが、そういうことだったのかと思う。

「つまり、美朱の部屋か厨房か服にあるってことだよな」

「でもね。私の部屋も厨房も服もずっと探してたんだけど見つからないの」

 自分の手に持つ「ちょこ」というものを見てまさかと思う。

「一応聞くけどよ、厨房で何してたんだ?」

「みんなにあげるバレンタインチョコを作ってたの!」

「それだっ!」

「そっかぁ。みんなのチョコの中に入っちゃったかもしれないんだ!」






 そうと決まれば早いもので、宮殿にいた七星士たちを集めた。

 さすがに政務で忙しい星宿以外が集まった。

「ってことは、このチョコの中に入っているかもしれないってこと?」

「うん・・・ごめんね、みんな」

 さすがの美朱もばつが悪いらしく「なんで誰も食べてないの?」というもっともな疑問は浮かんできていないらしい。

「この場でみんな食べてみるといいのだ?」

 「手作り」と言う言葉を知っている井宿は若干引きつっている。よく見ると他の面々も知っているようだ。

 そもそもチョコというのはどういう食べ物なのかは知らないが、美朱の手作りということは悪いがあまり期待できない。

 むしろ危険なにおいがする。

 箱を開けるとこげているのか!?と思えるような怪しい黒に近い茶色の物体。

 これがお菓子!?とは思うものの☆型?や丸型?などかわいらしい形になっているが手作りたる所以だろう。

 美朱の世界とは違い型がなかったらしく、形がかなりいびつになっている。

「・・・食べなアカンのか・・・」

 しかも今、この場で。

 美朱に聞こえない程度につぶやく翼宿の顔にしっかりと「なんでこんなん食べなアカンねん」と書いている。

 張宿も未知の食べ物に興味がある反面、過去に食べた美朱の料理を思い出し恐々とチョコを見ている。

 その横で軫宿は残りの胃薬の残量を思い浮かべ、渋い顔をする。

「さぁ、みんな食べましょうよ」

 そう言う柳宿自身顔色はよくない。

 だがしかし前へ進まないことには何も始まらない。

「では、食べるのだ」

「そうですね」

 柳宿の言葉に意を決し、いただきますとそれぞれ口に運ぶ。

「あら?」

「おっ!」

「だ!」

「美朱さん、おいしいです!」

 それぞれ、さも意外とばかりに目を丸くする。

「きゃー!よかったあぁ」

 手を叩いて喜ぶ美朱の横で鬼宿が信じれないような顔で仲間を見る。

「なんや甘いし見た目はグロテスクやけど、いけるで!」

「グロテスクって何よ!」

 そんなことないよ!と頬を膨らませるが顔はご満悦だ。

「おいしいわよ、美朱」

「ありがとう」

 この間食べた美朱の料理だけがダメだったのかと思い始める。

「この前のはちょっと失敗しちゃったけど、よかった」

 ちょっとじゃないだろ、と誰もが突っ込むが誰も口にはしない。

「でも、でてこなかったわね・・・」

「うん・・・星宿のチョコに入っちゃったのかな・・・」

「ちゃんと探したの?」

「うん。でもまた探して見る・・・」

 シュンとなってしまった美朱を見て言うべきか悩んでいた言葉を出す。

「俺まだ喰ってねぇんだ」

 みんなの意見も聞いたことだし、きっと大丈夫だろう。

「あんたまだ食べてなかったの」

「食べてみて!」

 綺麗に包装された包み紙をのけて箱をあけると明らかに仲間たちとは違うチョコを見て一瞬焦る。

 それでも期待に満ち溢れた美朱の顔を見て生唾を飲んで意を決して口に含む。

 がりっ。

 なにやら食べ物とは思えない硬い物体があって口から出す。

「あったあぁぁぁぁ!!!!」

 よかったと幸せそうなに笑う美朱の横で紫色の顔の鬼宿がいた。

「うぐっ!!!!!!!!!!!!!!」









 余談だが、鬼宿に渡したチョコは手作りのトリュフで七星士たちに渡したチョコは溶かして型にいれただけのものだったのだ。

 そして鬼宿は腹痛に3日間寝込んだという。

月明かりの中で





 久方ぶりに感じる紅南の空気は肌に合って心地よい。

 七星として名乗り出てから倶東、北甲、西廊の3国に赴いた。

 故郷を離れてから6年、各地を旅したがやはり紅南がよいと思うのはやはりここが生まれ育った地だからなのか。

 見上げれば月が丸く円を描いている。

 こんな風に空を眺めるのはどれくらいぶりなのだろうか。







 紅南の地に戻ったのは数刻前。

 疲れた体と思いつめた顔をした巫女と七星たち、そして動かなくなった張宿を見て星宿は何も言わず笑顔で出迎えた。

 聞かずとも数の合わない七星士を見て察したのだろう。

 事情は今すぐにでも聞きたいだろうに、何よりも先に休息の時を与えてくれた。

 そんな優しさに感謝しながら、どこか心が痛かった。



全員で帰ってくる!



 そう約束したのは遠いようで近い過去。

 能力は使えるようになっても、何も出来なかった自分がただ歯がゆく、実践では何も役に立てなかった自分に苛立つ。

 まだ若く、生きていればどんな未来が待っているか分らないというのに。

 失うものはすべて失ったと思っていたが、すっぽりと抜けてしまった何かに自分にとって彼らがいつのまにかかけがえのないものたちになっていたのだと気づく。


 いつも、気づいた時には遅い・・・


 死にたかったのかと問われれば「否」と答える。

 だが生きていたいのかと問われれば、わからない。

 両の肩に乗せられた宿命はあまりに重い。

 だが今まで支えていられるのは、こんな自分にも仲間というかけがえのない存在がいたからなのだ。

 失った分重くなった宿命は、これからも支えられるのだろうか・・・













「眠れないのか・・・」

 どれくらいそうしていたか、不意に後ろから声がかけられた。

「・・・軫宿」

 月明かりに照らされた影は声の主。

「どうしたのだ?」

「お前が、外に出て行くのが見えたからな・・・」

「すまない、起こしたのだ?」

 こっそりと音を立てずに出たと思っていたが。

「いや、俺も眠れなかったからな」





「生き残って、しまったのだ・・・」

「・・・そうだな」

 無意識に出た弱音ともいえるその発言に言った張本人が少々驚いた。

「また、生き残ってしまったな」

 どこか遠くを見て言う軫宿にそうか、と思う。

 軫宿の過去は聞いたことはないが、彼も自分と似たような境遇だったのかもしれない。

「張宿は最期、俺たちに「ありがとう」と言っていた・・・」

「そうか」

 あの時、箕宿が倒れたとき油断したのは張宿だけではない。

 むしろ術者である自分が1番に気づくべきだった。

 そう思っては悔やんでも悔やみきれない。

 知らずに握った拳に力が入る。

「オイラこそ、張宿にありがとうと、伝えたいのだ・・・」

 たった13歳の少年の勇気ある決断。

 出来ただろうか、自分が同じ年頃の頃に。

 聡い子だから、これが最善だと判断したのだろうが。

 「役立たず」とか「何も出来ない」と言っていたが、彼の行為が自分たちを先に進ませてくれた。

 だが、結局は青龍召喚を阻止できなかった。

 出来ることなら最期を看取りたかった。

「朱雀七星士の宿命を・・・張宿は」

 命を懸けて巫女を守り、国を守る。

 それが七星士の宿命。

「立派にやり遂げたのだ」

 空を仰ぐ。

「無力だな、俺たちは・・・」

「あぁ・・・・・・だが、立ち止まるわけにはいかないのだ」

 ここで立ち止まったら、あのときと変わらない。

 後悔はしないと決めたから。

 それに、

「柳宿や張宿の死を、未来に繋げる」

 無駄にはしない。

 青龍の巫女を止める。

 朱雀を呼び出す。

「それがオイラたちの役目」

 自分たちに何が出来るかわからない。

 そして、これから始まる新たな戦い。

 朱雀の巫女、青龍の巫女。そして両者の間にいる鬼宿。

 青龍の力を得た唯、心宿がどう出てくるか。

「あぁ、繋げていこう。未来へと」

仮面の奥に





 1人は開けられたドアを見て顔を引きつらせて固まる。

 もう1人は開けたドアの向こうの人物を見て唖然と立ち尽くす。

 お互い何も言えずしばしの沈黙の間。

「………………」

「………………だっ」

 先に言葉を出したのは、かわいらしい3頭身の人物。

 その言葉にもう片方、紅南国皇帝の側近であり右大臣の地位をもつ彼は今の状況を再認識する。

「こ………こ、こここ皇帝陛下あぁぁぁぁっ!!!!!」








 

仮面の奥









 時を遡ること数刻前。

 現在朱雀の巫女は柳宿、井宿と共に5人目の七星士を探す旅に出ている。と、公表されている。

 しかし実際は、

「だぁ~ 陛下の仕事というのは大変なのだ~」

 部屋を出た家臣が置いていった執務机を埋め尽くす書類の束を前に肩を落としたのは井宿であった。

 10日前、七星士探しの旅に出るときに見た皇帝としての国の安泰を願い紅南国の発展のため政治をする星宿と七星士そして1人の人間として美朱を守りたいと思う星宿。

 2つの辛そうな顔を見てしまった井宿はいたたまれなく、1度は旅に出たものの引き返し身代わりを申し出てしまった。

 国はしばらく平和とはいえ、日常の仕事は次から次へと舞い込んでくる。

 星宿にいろいろと教えてもらっているし、昔は官吏を目指して勉強はしていたもののやはり実際の仕事は分からない事が多い。

 そんな時は星宿に渡した鏡を通して連絡をとっているがお互いが常に使えるわけでもなく、

 星宿に比べ仕事をこなす速度がかなり遅くなったと家臣たちが疑問に思い始めたのは星宿が旅に出て僅か数日のことだった。

 「最近の陛下は少しおかしい」という視線に気づいた井宿は星宿らしく!と振舞うのだが

 何分知り合って間もないで星宿という人物が掴めきれていなく疑いの視線は日に日に増していったのであった。

 そんな日々を過ごし慣れない生活と精神的にも少し疲れていた頃だった。

 机に並べられた大量の書類を目の前に少し休憩とイスに普段のように3頭身でぐでんともたれかけたとき「失礼します」とドアが開かれたところを見られたのだ。






「だーっ!」

 右大臣の大きな声に、慌てて口をふさぎながらドアを閉める。

 井宿も動揺していたのだろう、口をふさぐときとっさに発した言葉が普段の言葉づかいだった。当然星宿はこんな言葉は使わない。

 そのことに気づいた井宿は観念したかのようにため息をつき、変身をとく。

「ちっ……井宿さま…!?」

 何故、どうしてここに…と目を白黒させている右大臣を見て井宿はどこまで話すべきか考える。

 井宿と星宿が摩り替わっていることはここだけの話ではなく国自体の問題にも繋がることだ。

「井宿様、いつ七星士探しの旅からお戻りになられたのですか?そして陛下はどこへいかれたのですか?」

「………だ……」

 見えないところでだらだらと冷や汗が流れ落ちる。

「井宿様?」

 冷や汗は見えないところで流れているのだが動揺しているのは井宿の表情で一目瞭然である。

「……どう、されたのです?」

 旅の状況を星宿に知らせるために訪れたのならばこんなにも挙動不審になる必要はないはずである。

 井宿の七星士の能力は、術。というのを星宿に聞いたことがある。

 術者…というのは普通の人ができない不思議な力であって、なんでもありという認識さえある。

 右大臣は星宿が朱雀の巫女に恋心を抱いているのは知っている。

 当然、星宿の心中も分かっている。

「ま…まさか、井宿様…陛下は………」

 井宿の肩が大きく揺れる。

「朱雀の巫女様と旅に出られたのですか?」

「……………」

「井宿様っ!」

 今度こそ正真正銘の諦めのため息をつく。ここまで言われては嘘をつきとおすのは難しい。

 宮殿で星宿として生活するにあたって理解者がいると井宿としても楽である。

 ここ数日で分かったことだがばれた相手も悪くはない。星宿のことを親身になって考えてくれる人物だ。







 あの場で話合うのは外に言葉が漏れた場合のことを考えて井宿の術で人気のない場所へと移動した。

 初めて体験する術に自身に起こったことが信じられないのか仕事中に見る顔とはまったく別の顔を見せる。

 自分の体をペタペタと触ったりあたりをきょろきょろと見渡す様はまるで子供のようだった。

 しかしそんな彼も思い出したかのように突然仕事中に見せる、否それよりも深刻な顔をした。

「井宿様、一体どういうことか説明してもらえますかな」

 ズイっと怖い顔で迫られ一瞬井宿もたじろぐ。

「井宿様!」

 更にぐいっと迫れれる。

「実は…」

 井宿は右大臣に自分が今ここにいる訳。そして本来いるはずである皇帝星宿が今どこにいるか順に説明していく。

「井宿様…」

 神妙な顔で井宿の説明を聞いていた右大臣が口を開いたのは井宿の説明が終わってからだ。

「これが一体どういうことかお分かりですか!」

 怒号にも近い声色で井宿に迫りくる。

 もちろん井宿にも自分のしていることがどういうことか分かっている。

「これは宮殿だけの問題ではなく紅南国ひいては周辺諸国にも関わる問題ですぞ!」

 皇帝と話合ってといっても皇帝以外が政治をするなど大問題だ。

「もしも重大なミスを起こしたらどうするおつもりなのですか?事によったら国問題にもなりかねないのですぞ!」

 皇帝という立場上、いろいろな仕事がある。本当に小さなことから国を左右する大きなことまでも。

「いくら七星士である井宿様といえど、私以外他のものに知られたらどうされるおつもりだったのですか?人によったら民への信用にもかかわりますぞ!」

 紅南国皇帝は温厚でよい皇帝だと民の間でも有名だ。それが1人で替え玉を使い別のことをしていると知ったら民はどう思うだろう。

 それに大勢の人間がいる。宮廷の中にはこれを機とばかりに良からぬことをたくらむ者も1人や2人いるだろう。

「それは…」

 考えてはいないわけではなかったものの政務にこなすのに精一杯でほかの事に気を回す余裕がなかったのも事実である。

 年に比べれば大人びている井宿だが、60近い右大臣から若造も同然だ。

「星宿様と一緒になってやっとはいえ、確かに勝手に入れ替わったことは大変申し訳ないと思います…しかし、星宿様の辛そうな顔を見て、思わずっ!」

「井宿様はお優しい方だ。そして度胸の据わった方だ。これだけ言っても言い返してくるとは…」

「……だ?」

 突然変わった右大臣にポカンとする。

「いろいろと失礼をいたしました」

「いや、言われて当然のことですのだ」

「そして、ありがとうございます」

「……だっ!!」

 丁寧に頭をさげお礼を言われ戸惑う。怒られて当然な、怒られるですんでいる時点でおかしいくらいのことをしたのだから。

「いや……。頭を上げてください」

 言われ右大臣は頭を上げる。

「私は陛下が本当に幼いころから知っています。今まで普通の人が味あわないような苦労をたくさんしてきておいでです。そして今の陛下の心情も知っております」

 その言葉で井宿はハッとする。

「立場上、私は陛下がどのように辛くても冷静に民のために政務をこなされるよう導かねばなりませぬ。

以前お忍びで巫女様方と太一君の所へ赴かれたときも本当は引き止めなければなりませんでした」

「………」

「今回のことも井宿様には右大臣としてではなく私個人、遥承渓としてお礼を申し上げます」

 改めて、この人が星宿を大切に思っているのが分かる。おそらく右大臣だけでなくこんな風にたくさんの人に支えられて星宿はここまできたのだ。

 場違いだと思いながらも、1人旅をしていた井宿は少し星宿がうらやましく思う。

「しかし!井宿様っ!!陛下の身代わりをするのとはまた別問題ですぞ!」

 うっすらと涙を浮かべ自分へ頭を下げていた姿はどこへやら、突然仕事時の右大臣へと戻る。

「……は、はい」

 押されながら生返事をする。

「ではまず、井宿様!仕事に関しては我々でやれるところまではなんとかしますが、陛下がお戻りになられるまで身代わりをされるのですから振る舞いから覚えていただきましょうかっ!!」

「だっ……だだだっ」

 早速とばかりに腕をつかまれ宮殿へと連れて行かれる。

「だ……こ、このままで戻るわけには、いかないのだぁ~」

「おぉ、そうでした」

 井宿は星宿へと変身をする。やはり不思議なのだろう右大臣はしばらくじっと見ていた。

「さぁ、星宿様の部屋に術で戻るのだ」

 にっこりと井宿らしい笑顔の井宿を見て右大臣はにやりと笑う。

 それが何かその時は分からなかったがすぐに分かることになる。

「井宿様」

「はい?」

「覚悟なさってくださいね」

「………はぁ」

 6年間自由気ままとまではいかないまでもそれなりの旅をしていた井宿。

 突然かしこまった場所でそれらしい振る舞いを出来るものだろうか。最初に覚悟していたとはいえ、そういう目で見られると自信がなくなってくる。

 井宿はそれまでとは違う重いため息を吐くのだった。






酒乱の果てに





 とある日栄陽の繁華街で奇妙な事件が起こった。

 目撃者によると酒場で酔った2人の客の仕業らしい。

 そのようないざこざは繁華街ではよくあることなのだが、それが奇妙と言われるのはその場の被害状況だ。

 怪獣でも現れ火でも噴いたのだろうかと思うような黒く焼け焦げた家々。

 そして家が1件すっぽり入ってしまうのではないだろうかというほどの大穴が1つ。

 どちらも人間技とは思えないがどの目撃者によれば2人の人間がやったという。

 信じられない光景を目にして呆然と立ち尽くす野次馬たちの耳に入ったかどうかは不明だが犯人の2人はこう言ったのだった。

「飲みなおしにいくで!」

 もうやめたほうがいいのでは…などと誰一人口にすることなく犯人の2人組みはその場から文字通り消え去った。

 夢だったのではないかと頬をつねったりしてみるがやはり痛い。

 あの2人組みは一体なんだったのだろう、そしてこの目の前に広がる惨劇は一体なんなのだろうか。











 栄陽から数十キロ離れた山の中に翼宿と井宿はいた。

 そう、栄陽での騒ぎはこの2人の仕業である。

「なんやここ?」

 周りを見渡し行きたい場所ではないと確認した翼宿は眉を潜める。

「おい井宿、ここどこや?」

「………」

 すぐそばにいるはずなのだが声が返ってこない。

「井宿!?」

「……起きているのだ…」

 自分の足元から声が聞こえたのでその場所を見ると、真夜中で山の中で周りに人がいないとしても普段なら見ることの出来ない道端で転がる井宿をいた。

「そんなとこで寝たら風邪ひくで」

 どこか的外れな言葉を出すあたり彼も先ほどの酒がまだ抜けていないのだろう。

「そんなことはどうでもえんやけど、ここどこや?」

「だ?…………翼宿がー奏運にある、居酒屋へ行きたいと。行ったはずなのだが…?」

「ここのどこが奏運やねん?」

 言われきょろきょろと頼りなささげに周りを見渡す。

「どこなのら?」

 がくりと肩を落とす。

「まぁ。今日は、もう遅いから寝るの…ら」

 コトン。と再びその場に転がる井宿を慌てて制する。

「なにゆうてんのや、こんなところで寝たら行き倒れやと思われるやないか!」

「…………何かいけないことなのら?」

 ごく自然に聞き返され翼宿は井宿の言動が少しおかしいことに気づく。

 自分もまだ酒が抜けてない自覚はあるもののとりあえずは常識内の行動をしているつもりである。

「お前、まさか酔っぱらっとんのか?」

 暗闇でよく分らないが井宿の顔がずいぶん赤い気がする。

 確か、誘ってもあまり飲まない井宿が今日は酒に強いと自他共に認める翼宿と同じスピードで杯を空けていた。

 翼宿自身も酒が回り気持ちよく飲んでいるうちに井宿にも結構すすめていた気がする。

 そしてお酒を飲み始めてから今に至るまでを振り返るととある騒動を思い出し青ざめる。

「ち…ちちり………」

 火事と喧嘩は江戸の華を地で行く翼宿はともかく井宿の行動はとても尋常ではないことに思い至る。

 ぎこちなく井宿を振り返ると独り言のように井宿の懐で寝ているへ話しかけている。


 ………もしかして、やばいんちゃうやろうか…


 あれから1時間はたっている。それだけあれば翼宿からしてみれば酔いを覚ますには十分だ。こんな冬の寒空ならなおさらだ。

 しかし野生の勘か頭のどこかで「キケン」「チチリキケン!」と警告音が鳴っている。

「な、なあ井宿、とりあえず厲閣山に帰らんか!?」

「……帰るのだあ~………わかったのら」

 いつも不思議に思うが一体どこから出してくるのか、どこからともなく笠が出現した。そしてそれを空へ投げる。


 ポトッ。


「……へっ??」

 何の抵抗もなく重力に従うまま笠は地面へと落ちてきた。

 当然目を開けたら見慣れた厲閣山の景色だと思っていた翼宿は思わず間抜けな声をあげた。

「だぁ?」

「「だぁ?」やないで!ちゃんとやらんかいっ!」

 酔いに任せてからかい半分遊んでいるのだと思った翼宿は声を張り上げるがその後何度やっても同じことの繰り返し。

「……まさかと、術が使えんようになったとか、いわへんよな…」

「だぁ~ そんなことは、ないのだぁ。多分」

 多分ってなんや…と思いながらどこかのんびりと翼宿は思う。

 ………酒飲み過ぎたら七星の力使えんようになることがあるんやな…

 厲閣山の頭として先代より任された鉄扇。この鉄扇から炎を出せる力は先代からずっと受け継がれてきたこと。

 今は七星士の力として使っているが、それができなくなるということは厲閣山に封じられた妖怪の封印が解けるということ。

 ………飲みすぎはあかんな…

 ぽりぽりと頭をかきながらがっくりと肩を落とす。

「なぁ井宿、ほんまに術使えんのかー」

 見たところここはふもとからずいぶんと離れているようだ。栄陽又は奏運又は厲閣山にいたとしても周りにどんなに小さくても明かりは見えるはずだがどう見ても明かりはない。

 こんな状態の井宿がどうやって術を使ってここまでこれたのかは不明だがこのまま術が使えないということはこの冬の寒空の下で野宿確実である。

 いくら旅なれた2人といえどまるで装備ないまま野宿などすれば凍死はしないだろうが最悪井宿と寒さに身を震わせ体を寄せ合う、なんてことになりかねない。

 冗談ではない。女という存在は異国から来た巫女のお陰もあって随分とマシになったがそれでも苦手である。がしかし、だからといって男とそういう趣味はない。

 ちなみに本人否定するが、厲閣山の副頭を勤める攻児との仲は一部の山賊から怪しいのではないかとのウワサである。

「……やってみるのだ~」

 目を閉じ集中する。そして笠を空へと投げる。すると今まで何度も味わってきた感覚に襲われる。

 術の成功と確信した翼宿はやればできるやないか!とそういいかけたとき開けた視界に飛び込んできたものに目を見張る。

「でえええぇぇぇぇぇ!!!!!」

 2人がいた場所は先ほどいた場所のすぐ上空。もう1ついうなら恐らく井宿が投げた笠のあった場所。自分たちがいた場所には井宿の笠がある。

 随分と高い。

 2人は重力に従うがまま落ちていく。



 どっかーんっ!!!



 痛む体をさすりながら自分の背中に乗っているものを押しのけるとどさりとそのまま落ちた。

「井宿ッ!!! おんどれ瞬間移動は失敗するくせになんで俺の上に落ちてくるんや!!しかも3等身ッ!!!!」

「…………………翼宿、いつから4人に増えたのだ~」

 しばらくの間の後のんびりと井宿は口を開く。

「………???」

 まさかとは思うが、

「これ何本や?」

 眉を寄せ井宿の前に2本の指を出してみる。

「……だぁ?……………………………5本…?」

 自分の指と井宿の顔を見比べため息をつく。

「…酔っ払いの体な上、ついに今ので脳みそがおかしいなってしもうたんか……しゃあないな、ちょっと待っとれ」

 そういい翼宿は森の中に消えていった。











 残された井宿はすることもなく近くにあった手頃な岩に腰をかけ翼宿を待った。

「一体どこに行ったのだぁ?」

 さすがのたまも先ほどの衝撃で起きてしまったらしく井宿に返事するかのように首を傾ける。

 にぎやかな人物もいなく静かな時間が流れる。

 冬とはいえ他国に比べれば紅南国は温暖な気候で、酒で火照った体は夜風に程よく自然とまぶたが重くなってくる。

 半分ほど目が閉じかけたとき少し先から松明の明かりのようなものが見えた。

「翼宿なのだー?」

 近づいてくる明かりに問いかけてみるものの返事は返ってこない。

「翼宿?」

「おぉ?こんなとこに人がおるで」

 翼宿の代わりにやってきたのはお世辞にもあまり品のいいとはいえない3人組。

「誰なのだー?」

「俺ら香邑山の山賊を知らんのか?」

「……かおーさん??誰のことなのだ?」

「しらばっくれるなや!ここを通るんやったら通行料置いていかんかい!!」

「つーても、なんや貧乏そうなやっちゃなぁ」

「こいつ坊主や!首にかけとるでかい数珠と錫丈売ったらええ金になるんちゃうか?」

 じろじろと居心地悪い視線に怯むことなく、というよりも気にもせず山賊たちをじっと見る。

「この数珠はだめなのだー 太一君から頂いた大切なものなのだぁ」

「ほぉ、値の張るもんらしいで」

「坊主、さぁ置いていってもらおうか」

 井宿に近寄り無理やり奪い取ろうと手を伸ばしたがその手は空を切る。

「おい坊主、決まりは守ってもらわんと困るで」

「だからと言って人から物を奪ってはいけないのだー」

「なんやと、坊主。下手にでとったらええ気になりおって…痛い目みなわからんようやな」

 落ち着いた相手の言動に短気な山賊たちは手に持っていた棒で井宿に殴りにかかる。

 そこは七星士の並外れた運動神経を持つ井宿。狭い場所にも関わらず次々と避けていく。

 しかし慣れない酒をたらふく含んだその足取りはよたよたとまるで見方を変えれば遊ばれているようにも見えて山賊たちの怒りを更に買っていく。

「こんの坊主がっ!!」

 しかも相手は3人にこちらは1人。

 例え1人旅の長くこんな場面も1度や2度ではない井宿でもだんだんと追いやられていく。

 その様子をおろおろと見ていたたまは翼宿を呼びにその場から離れる。



 ………だー なんだかぼーっとするのだ…



 うまく避けているようには見えても実は酒は先ほどからさほど抜けておらず意識を保っているので精一杯の状況だ。

 ついには逃げ場のない隅にまで追いやられてしまう。

「さぁ観念しいや」

「大人しゅう渡さんけんこういうことになるんや!」

 自分めがけて振り下ろされる棒を錫丈で受け止める。



 ………どうするのだ…








 井宿の酔いをさまし厄介なことになる前に厲閣山に帰ろうと思い水場を探しにその場を離れた翼宿の耳に聞こえてきたのはどっかーん!!!というものすごい騒音。

「なんや!?」

 その方向は井宿とたまのいる方角。

 何かあったのかと走り出す。

 少し走ると前方から白い物体がこちらに向かってくる。よくみると井宿と一緒にいたたまだ。

「なんかあったんか?」

 利口なたまはにゃんにゃんと身振り手振りで状況を説明するがとても翼宿な頭では理解できるものではない。

「わからんわっ!!!」

 とにかくその場へ向かってみれば分ることだ。

 得意の俊足をフルに生かせば目標の場所までそれほどかからなかった。

 僅かに息を切らした翼宿が目にしたものは岩のすぐ近くにいる井宿と見覚えのないガラの悪そうな3人。

 そして井宿の前方、もう1つ言えば3人組のすぐ後ろ隣にある洞窟ともいえるような大穴。

 こんな大穴あっただろうか…という疑問はなかったのは穴からもくもくと煙が立っており大穴がついさっき開いたものだと分るからだ。

 そしてそれを証拠づけるかのように井宿の手には数珠が握られている。

「……お前らここでなにしとんねん!」

 呆然と立ち尽くす山賊たちは突然の来訪者にも気がつかなかったのか翼宿の声にオーバーなほど反応する。

「いや…あの………」

 情けなくしどろもどろになりながらやっとの思いで搾り出した声も意味を成さない。

 それはそうであろう、今まで争いごとの10や20とは言わずあっただろう山賊たちもこのような出来事は初めてだろう。

 どっからどうみても無害そうな僧侶が数珠を手にして何事かをつぶやいたかと思うと同時に自分たちの後ろ隣にあった岩が砕け散ったのだから。

 翼宿とて初めて鉄扇の力を目にしたときは随分と驚いたのだし、よっぽどのことがない限り力を出さない井宿の本気の力は初めて見た鉄扇の威力の比ではないのだから。

「なんや~お前らどっかで見たことあるような気ぃするわ…」

 覗き込むように自分たちを見る翼宿に山賊の1人がわなわなと翼宿を指差す。

「お前、もしかして……れ、厲閣山の頭の幻狼かぁ~」

「そ、そうや!こんな目つきの悪いやつそうそうおらへん!」

「あーー!!お前ら、香邑山のヤツらやないか……なんでこんなとこおんねん!」

 青い顔をしてぷるぷると震えていた山賊たちだが突然我さきにとこの場から逃げ出すように立ち去った。

「なんやったんやあいつら?」

 疑問を浮かべながらもそれ以上の追求はしようとしないのが翼宿。頭の切り替えは早い。

「井宿、何があったんや?」

 思い出したように振り返るとこんな状況であるにも関わらず岩の隅で気持ちよさそうに眠っていたのだった。

「呑気なやっちゃなぁ~」

 頭をぽりぽりとかきながらつぶやく声は井宿には届かない。もし届いたのならば「翼宿には言われたくない」と返してくるだろうが状況が状況なだけに説得力はまるでない。

 気持ちよさそうに眠る井宿を見て今の状況を思い出す。

 ここはどこだろう。なぜ香邑山の山賊たちがここにいたのだろうか。ここは香邑山なのだろうか。そしてなにより、

「今からどないしようか…」

 状況はどうやら最悪の自体へと進んでいるようで。

 ここに誰かが通らない限りここがどこだか分らない。ここで野宿をするという手もあるが暖かい紅南国とはいえ冬の外はかなり寒い。

「しゃーないなぁ」

 よいしょと井宿を抱えて歩き出そうとしたとき何人もの足音と松明の炎が見えた。

 山賊たちが仲間を引き連れ戻ってきたのだろうかと身構えようとしたとき、

「あれ?幻狼やないかー」

 現れたのはよく知った親友の攻児と仲間たち。

「攻児、お前こそなんでこんなとこにおんねん?」

「最近法外な金額で商売しよるやつがおるっつーウワサがあったけん俺ら見回りしとったんや」

 その途中井宿の破壊音が聞こえてここへやってきたのだろう。

「つーことは厲閣山か!?」

「なにゆうとんねん、もうボケがはいったんか?」

「なんや、井宿の術成功しとったんか…」

 当初の目的は厲閣山ではなかったにしろあのときの術がここでよかった。

「あれ?井宿はんどないしはったんや? まぁとりあえず話は戻ってからや」


 



忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne