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目撃者によると酒場で酔った2人の客の仕業らしい。
そのようないざこざは繁華街ではよくあることなのだが、それが奇妙と言われるのはその場の被害状況だ。
怪獣でも現れ火でも噴いたのだろうかと思うような黒く焼け焦げた家々。
そして家が1件すっぽり入ってしまうのではないだろうかというほどの大穴が1つ。
どちらも人間技とは思えないがどの目撃者によれば2人の人間がやったという。
信じられない光景を目にして呆然と立ち尽くす野次馬たちの耳に入ったかどうかは不明だが犯人の2人はこう言ったのだった。
「飲みなおしにいくで!」
もうやめたほうがいいのでは…などと誰一人口にすることなく犯人の2人組みはその場から文字通り消え去った。
夢だったのではないかと頬をつねったりしてみるがやはり痛い。
あの2人組みは一体なんだったのだろう、そしてこの目の前に広がる惨劇は一体なんなのだろうか。
栄陽から数十キロ離れた山の中に翼宿と井宿はいた。
そう、栄陽での騒ぎはこの2人の仕業である。
「なんやここ?」
周りを見渡し行きたい場所ではないと確認した翼宿は眉を潜める。
「おい井宿、ここどこや?」
「………」
すぐそばにいるはずなのだが声が返ってこない。
「井宿!?」
「……起きているのだ…」
自分の足元から声が聞こえたのでその場所を見ると、真夜中で山の中で周りに人がいないとしても普段なら見ることの出来ない道端で転がる井宿をいた。
「そんなとこで寝たら風邪ひくで」
どこか的外れな言葉を出すあたり彼も先ほどの酒がまだ抜けていないのだろう。
「そんなことはどうでもえんやけど、ここどこや?」
「だ?…………翼宿がー奏運にある、居酒屋へ行きたいと。行ったはずなのだが…?」
「ここのどこが奏運やねん?」
言われきょろきょろと頼りなささげに周りを見渡す。
「どこなのら?」
がくりと肩を落とす。
「まぁ。今日は、もう遅いから寝るの…ら」
コトン。と再びその場に転がる井宿を慌てて制する。
「なにゆうてんのや、こんなところで寝たら行き倒れやと思われるやないか!」
「…………何かいけないことなのら?」
ごく自然に聞き返され翼宿は井宿の言動が少しおかしいことに気づく。
自分もまだ酒が抜けてない自覚はあるもののとりあえずは常識内の行動をしているつもりである。
「お前、まさか酔っぱらっとんのか?」
暗闇でよく分らないが井宿の顔がずいぶん赤い気がする。
確か、誘ってもあまり飲まない井宿が今日は酒に強いと自他共に認める翼宿と同じスピードで杯を空けていた。
翼宿自身も酒が回り気持ちよく飲んでいるうちに井宿にも結構すすめていた気がする。
そしてお酒を飲み始めてから今に至るまでを振り返るととある騒動を思い出し青ざめる。
「ち…ちちり………」
火事と喧嘩は江戸の華を地で行く翼宿はともかく井宿の行動はとても尋常ではないことに思い至る。
ぎこちなく井宿を振り返ると独り言のように井宿の懐で寝ているへ話しかけている。
………もしかして、やばいんちゃうやろうか…
あれから1時間はたっている。それだけあれば翼宿からしてみれば酔いを覚ますには十分だ。こんな冬の寒空ならなおさらだ。
しかし野生の勘か頭のどこかで「キケン」「チチリキケン!」と警告音が鳴っている。
「な、なあ井宿、とりあえず厲閣山に帰らんか!?」
「……帰るのだあ~………わかったのら」
いつも不思議に思うが一体どこから出してくるのか、どこからともなく笠が出現した。そしてそれを空へ投げる。
ポトッ。
「……へっ??」
何の抵抗もなく重力に従うまま笠は地面へと落ちてきた。
当然目を開けたら見慣れた厲閣山の景色だと思っていた翼宿は思わず間抜けな声をあげた。
「だぁ?」
「「だぁ?」やないで!ちゃんとやらんかいっ!」
酔いに任せてからかい半分遊んでいるのだと思った翼宿は声を張り上げるがその後何度やっても同じことの繰り返し。
「……まさかと、術が使えんようになったとか、いわへんよな…」
「だぁ~ そんなことは、ないのだぁ。多分」
多分ってなんや…と思いながらどこかのんびりと翼宿は思う。
………酒飲み過ぎたら七星の力使えんようになることがあるんやな…
厲閣山の頭として先代より任された鉄扇。この鉄扇から炎を出せる力は先代からずっと受け継がれてきたこと。
今は七星士の力として使っているが、それができなくなるということは厲閣山に封じられた妖怪の封印が解けるということ。
………飲みすぎはあかんな…
ぽりぽりと頭をかきながらがっくりと肩を落とす。
「なぁ井宿、ほんまに術使えんのかー」
見たところここはふもとからずいぶんと離れているようだ。栄陽又は奏運又は厲閣山にいたとしても周りにどんなに小さくても明かりは見えるはずだがどう見ても明かりはない。
こんな状態の井宿がどうやって術を使ってここまでこれたのかは不明だがこのまま術が使えないということはこの冬の寒空の下で野宿確実である。
いくら旅なれた2人といえどまるで装備ないまま野宿などすれば凍死はしないだろうが最悪井宿と寒さに身を震わせ体を寄せ合う、なんてことになりかねない。
冗談ではない。女という存在は異国から来た巫女のお陰もあって随分とマシになったがそれでも苦手である。がしかし、だからといって男とそういう趣味はない。
ちなみに本人否定するが、厲閣山の副頭を勤める攻児との仲は一部の山賊から怪しいのではないかとのウワサである。
「……やってみるのだ~」
目を閉じ集中する。そして笠を空へと投げる。すると今まで何度も味わってきた感覚に襲われる。
術の成功と確信した翼宿はやればできるやないか!とそういいかけたとき開けた視界に飛び込んできたものに目を見張る。
「でえええぇぇぇぇぇ!!!!!」
2人がいた場所は先ほどいた場所のすぐ上空。もう1ついうなら恐らく井宿が投げた笠のあった場所。自分たちがいた場所には井宿の笠がある。
随分と高い。
2人は重力に従うがまま落ちていく。
どっかーんっ!!!
痛む体をさすりながら自分の背中に乗っているものを押しのけるとどさりとそのまま落ちた。
「井宿ッ!!! おんどれ瞬間移動は失敗するくせになんで俺の上に落ちてくるんや!!しかも3等身ッ!!!!」
「…………………翼宿、いつから4人に増えたのだ~」
しばらくの間の後のんびりと井宿は口を開く。
「………???」
まさかとは思うが、
「これ何本や?」
眉を寄せ井宿の前に2本の指を出してみる。
「……だぁ?……………………………5本…?」
自分の指と井宿の顔を見比べため息をつく。
「…酔っ払いの体な上、ついに今ので脳みそがおかしいなってしもうたんか……しゃあないな、ちょっと待っとれ」
そういい翼宿は森の中に消えていった。
残された井宿はすることもなく近くにあった手頃な岩に腰をかけ翼宿を待った。
「一体どこに行ったのだぁ?」
さすがのたまも先ほどの衝撃で起きてしまったらしく井宿に返事するかのように首を傾ける。
にぎやかな人物もいなく静かな時間が流れる。
冬とはいえ他国に比べれば紅南国は温暖な気候で、酒で火照った体は夜風に程よく自然とまぶたが重くなってくる。
半分ほど目が閉じかけたとき少し先から松明の明かりのようなものが見えた。
「翼宿なのだー?」
近づいてくる明かりに問いかけてみるものの返事は返ってこない。
「翼宿?」
「おぉ?こんなとこに人がおるで」
翼宿の代わりにやってきたのはお世辞にもあまり品のいいとはいえない3人組。
「誰なのだー?」
「俺ら香邑山の山賊を知らんのか?」
「……かおーさん??誰のことなのだ?」
「しらばっくれるなや!ここを通るんやったら通行料置いていかんかい!!」
「つーても、なんや貧乏そうなやっちゃなぁ」
「こいつ坊主や!首にかけとるでかい数珠と錫丈売ったらええ金になるんちゃうか?」
じろじろと居心地悪い視線に怯むことなく、というよりも気にもせず山賊たちをじっと見る。
「この数珠はだめなのだー 太一君から頂いた大切なものなのだぁ」
「ほぉ、値の張るもんらしいで」
「坊主、さぁ置いていってもらおうか」
井宿に近寄り無理やり奪い取ろうと手を伸ばしたがその手は空を切る。
「おい坊主、決まりは守ってもらわんと困るで」
「だからと言って人から物を奪ってはいけないのだー」
「なんやと、坊主。下手にでとったらええ気になりおって…痛い目みなわからんようやな」
落ち着いた相手の言動に短気な山賊たちは手に持っていた棒で井宿に殴りにかかる。
そこは七星士の並外れた運動神経を持つ井宿。狭い場所にも関わらず次々と避けていく。
しかし慣れない酒をたらふく含んだその足取りはよたよたとまるで見方を変えれば遊ばれているようにも見えて山賊たちの怒りを更に買っていく。
「こんの坊主がっ!!」
しかも相手は3人にこちらは1人。
例え1人旅の長くこんな場面も1度や2度ではない井宿でもだんだんと追いやられていく。
その様子をおろおろと見ていたたまは翼宿を呼びにその場から離れる。
………だー なんだかぼーっとするのだ…
うまく避けているようには見えても実は酒は先ほどからさほど抜けておらず意識を保っているので精一杯の状況だ。
ついには逃げ場のない隅にまで追いやられてしまう。
「さぁ観念しいや」
「大人しゅう渡さんけんこういうことになるんや!」
自分めがけて振り下ろされる棒を錫丈で受け止める。
………どうするのだ…
井宿の酔いをさまし厄介なことになる前に厲閣山に帰ろうと思い水場を探しにその場を離れた翼宿の耳に聞こえてきたのはどっかーん!!!というものすごい騒音。
「なんや!?」
その方向は井宿とたまのいる方角。
何かあったのかと走り出す。
少し走ると前方から白い物体がこちらに向かってくる。よくみると井宿と一緒にいたたまだ。
「なんかあったんか?」
利口なたまはにゃんにゃんと身振り手振りで状況を説明するがとても翼宿な頭では理解できるものではない。
「わからんわっ!!!」
とにかくその場へ向かってみれば分ることだ。
得意の俊足をフルに生かせば目標の場所までそれほどかからなかった。
僅かに息を切らした翼宿が目にしたものは岩のすぐ近くにいる井宿と見覚えのないガラの悪そうな3人。
そして井宿の前方、もう1つ言えば3人組のすぐ後ろ隣にある洞窟ともいえるような大穴。
こんな大穴あっただろうか…という疑問はなかったのは穴からもくもくと煙が立っており大穴がついさっき開いたものだと分るからだ。
そしてそれを証拠づけるかのように井宿の手には数珠が握られている。
「……お前らここでなにしとんねん!」
呆然と立ち尽くす山賊たちは突然の来訪者にも気がつかなかったのか翼宿の声にオーバーなほど反応する。
「いや…あの………」
情けなくしどろもどろになりながらやっとの思いで搾り出した声も意味を成さない。
それはそうであろう、今まで争いごとの10や20とは言わずあっただろう山賊たちもこのような出来事は初めてだろう。
どっからどうみても無害そうな僧侶が数珠を手にして何事かをつぶやいたかと思うと同時に自分たちの後ろ隣にあった岩が砕け散ったのだから。
翼宿とて初めて鉄扇の力を目にしたときは随分と驚いたのだし、よっぽどのことがない限り力を出さない井宿の本気の力は初めて見た鉄扇の威力の比ではないのだから。
「なんや~お前らどっかで見たことあるような気ぃするわ…」
覗き込むように自分たちを見る翼宿に山賊の1人がわなわなと翼宿を指差す。
「お前、もしかして……れ、厲閣山の頭の幻狼かぁ~」
「そ、そうや!こんな目つきの悪いやつそうそうおらへん!」
「あーー!!お前ら、香邑山のヤツらやないか……なんでこんなとこおんねん!」
青い顔をしてぷるぷると震えていた山賊たちだが突然我さきにとこの場から逃げ出すように立ち去った。
「なんやったんやあいつら?」
疑問を浮かべながらもそれ以上の追求はしようとしないのが翼宿。頭の切り替えは早い。
「井宿、何があったんや?」
思い出したように振り返るとこんな状況であるにも関わらず岩の隅で気持ちよさそうに眠っていたのだった。
「呑気なやっちゃなぁ~」
頭をぽりぽりとかきながらつぶやく声は井宿には届かない。もし届いたのならば「翼宿には言われたくない」と返してくるだろうが状況が状況なだけに説得力はまるでない。
気持ちよさそうに眠る井宿を見て今の状況を思い出す。
ここはどこだろう。なぜ香邑山の山賊たちがここにいたのだろうか。ここは香邑山なのだろうか。そしてなにより、
「今からどないしようか…」
状況はどうやら最悪の自体へと進んでいるようで。
ここに誰かが通らない限りここがどこだか分らない。ここで野宿をするという手もあるが暖かい紅南国とはいえ冬の外はかなり寒い。
「しゃーないなぁ」
よいしょと井宿を抱えて歩き出そうとしたとき何人もの足音と松明の炎が見えた。
山賊たちが仲間を引き連れ戻ってきたのだろうかと身構えようとしたとき、
「あれ?幻狼やないかー」
現れたのはよく知った親友の攻児と仲間たち。
「攻児、お前こそなんでこんなとこにおんねん?」
「最近法外な金額で商売しよるやつがおるっつーウワサがあったけん俺ら見回りしとったんや」
その途中井宿の破壊音が聞こえてここへやってきたのだろう。
「つーことは厲閣山か!?」
「なにゆうとんねん、もうボケがはいったんか?」
「なんや、井宿の術成功しとったんか…」
当初の目的は厲閣山ではなかったにしろあのときの術がここでよかった。
「あれ?井宿はんどないしはったんや? まぁとりあえず話は戻ってからや」
幼いころから幼馴染である飛皋と香蘭とよく遊んでいた。特に飛皋とは男同士というのもあって何をするにも一緒だった。
少し控えめだがとても優しい香蘭、やんちゃでいたずら好きな飛皋。芳准そんな2人といる時間が大好きだった。
ある日芳准は飛皋に誘われ、村でご神木とも呼ばれている樹齢100年以上の木にやってきた。
幼い2人にはとても大きくて、見上げてもてっぺんがどれだけ高いところにあるのか検討もつかない。
”登ろう!”と言い出したのは恐らく飛皋で、後で怒られると言う芳准を半ば強引に誘った。
登り始めると最初こそ渋っていたのだが、登ったことのない大きくて太い木に楽しかったのを覚えている。
どれくらい登ったか、とはいってもまだ10にも満たない子供なのだからそれほどまでに高くはないのかもしれないが、その高さに達成感を感じた。
手ごろな枝の上に座り芳准は飛皋に聞いた。
「香蘭も連れてきたらよかったかな?」
「ダメダメ。女はどうせ止めるに決まってる!だから誘わなかったんだ」
「え!そうなの?」
「男は男同士。ほら、香蘭だってお前の妹とよく遊んでるだろ」
「うん、そうだね。でもみんな一緒に遊べたら楽しいのにな」
「お前にはロマンってものがないよな…」
「そうかなぁ~?」
首を傾げる芳准に飛皋はため息をつく。
「あ!飛皋とじゃないと木登り出来ないもんね」
にっこりとそう言われて返す言葉を失う。
「でもね、オレこういう所好きだな」
「お前、登るの嫌がってたじゃねぇか」
「だって……ご神木だし。ダメって言われてるから…」
「お前は真面目過ぎなんだよっ!」
「そんなことないよ。でもさ、でもさ。なんだか下から見るより木の中ってきれいだし、風も気持ちいいもん」
芳准は目を輝かせながら宙に手をかざす。
「………お前って、変わってるよな……」
「そんなことないよ?」
「お前くらいだぜ、そんなこと言うやつは」
「そうなんだー」
のんびりと間延びした言い方にやっぱり変わったやつだなと改めて思う。
何を話だろうか。多分いつもと同じようにたわいもない話をしていたのだろう。
どれくらいたったか、そろそろ下りようかと思い始めたころ、ポツンと小さな音と冷たいものが上から落ちてきた。
「あれ?」
「どうしたんだ?」
「?…雨降ってるのかな?」
葉の隙間から見える空は、雲に覆われているどころかまぶしいくらいの太陽が顔をのぞかせている。
「気のせいだろ?」
「そうだね」
そう思ったが、また1粒。
「…?」
そして、1粒2粒…
「あれ?あれれ??」
「やっぱり雨か!?」
しかしやはり青空と太陽が見える。
「お天気雨ならすぐに止むから上がってから降りたらいいんじゃねぇか?」
「そうだ…っ あーッ!!」
「なんだよ、いきなり大声出すなよ!」
「あれっ!」
芳准の指差す先は今いる場所より少し西の空。そしてその空はどんよりと黒い大きな雲で覆われている。どうみても雨雲だ。
どうやら葉にさえぎられてすぐ近くにまで来ていることに気がつかなかったらしい。
「……もしかして、今から雨が降るのか?」
「きっとそうだよ、お父さんが言ってたんだ。雲はあっちの方向から向こうへ流れていくんだって。だからあっちに雨雲があるときは雨が降るんだって」
「雨が止む前に下りたほうがいい、かもな」
「降りなきゃダメだよッ!!」
「なんっ」
「木が濡れたら滑るじゃないか!この高さから落ちたら大怪我しゃうよ!」
「おっおう…」
普段声を張り上げることのない芳准に気押されたように慌てて飛皋降りる準備をする。
そうこうしている間に雨はだんだんと強くなってきている。
「飛皋、気をつけてね」
急いで降りようとしている飛皋に芳准は声をかける。
「大丈夫だって、これくらいへーきへーきッ!!」
そういいながらもいつもより慎重に降りているようで顔から笑みは消えている。
芳准が少しむきだしている場所に足をかけようとしたとき、
つるっ
そして大きく芳准の体が傾いた。
「うわっ!」
「芳准ッ!!」
声を聞き、真横にいた飛皋が芳准に手をつかむ。が、子供の力で支えれるわけもなく重力のまま落下する。
そのときのことはあまり覚えていない。ただ怖かったことだけはしっかりと覚えている。
一瞬の出来事であろうはずなのだが、芳准には1時間にも2時間にも感じた。
ただただすがるかのように飛皋の手を握り締め目をぎゅっと閉じてこれからくるであろう衝撃を待つしかなかった。
このまま死ぬのかな…
もうお父さんやお母さんや妹には会えないのかな…
そう思うと1人じゃないということに少しでも自分に言い聞かせるように飛皋の手を持つ手に力が入る。
しかし、どれだけ待とうと地面に叩きつけられる衝撃はなかった。
不思議に思い恐る恐る目を開けてみると、地面から僅か30cmほどのところところで浮いていた。まるで見えないクッションでもあるかのように。
…あれ?と思うと同時に見えないクッションが無くなりドスンと地面に落ちた。
「いたたたた……」
打ったお尻をさすりながら周りを見渡すと、そこはご神木の根元だった。
「あれ?」
見上げると少し前までいた枝がある。
その高さを改めて見て木から落ちたことを再確認する。
「芳准ン~」
飛皋の姿を確認すると緊張の糸が切れたのか涙がこぼれ落ちてくる。
「ひっひこうぅ~」
飛皋も芳准と同じで涙を浮かべている。
「「う。うわぁぁぁん」」
その場で2人して泣き出してしまった。
「ごめんなさいぃ~」
泣きながら泥まみれで帰ってきた芳准は母親に問い詰められこっぴどく怒られた。
二度としないことを約束し、母親も涙を流しながら抱きしめられた。
「本当によかった、無事で…」
震える母親に戸惑いながらも、もう一度ごめんなさいと言った。
大極山へと足を踏み入れた井宿は軽く息をついた。
朱雀の巫女、美朱の世界で朱雀を呼び出し紅南の地をを踏んだのは今から3ヶ月前。
倶東国との戦争で痛手を受けた紅南国も反逆により主導者を失った倶東国もそれなりに小さな争いはあるものの、少しずつではあるが確実に復興へと向かっている。
七星士の一員として国状を間近でもみた井宿は、紅南国を旅をして周りながら1人の人間として復興活動に手を貸している。
必要によっては術も使うのだが、極力避けている。
七星士は今や国を救った英雄と称えられている。そんな七星士が現れようものなら騒ぎになるのは確実で、
戦後間もないこんなときに数少ない食料を使い必要以上に歓迎されてはたまらない。
大切な食料だからこそ七星士のためでなく自分たちの生活のために使ってほしい。そのために七星士はいるのだから。実際に七星士と名乗る無粋なやからが多々いるという。
それ以前に井宿は、朱雀の力を受けたこの力は強すぎるのだから争い終わった今は使う必要はない。人間たちが人間の手で国を作るものだと思っている。
七星士の力を扱えるようにとお世話になった大極山にも恐らく登ることはないだろうと思っていた井宿が何故この地にいるのかというと、この地の主に呼ばれたからだ。
「それにしても、何故太一君はオイラを呼んだのだ?」
朱雀は呼び出され、国も復興へと進んでいる。
七星士はもう必要がないはずだ。
それとも七星士としてではなく、李芳准として呼ばれたのだろうか…?
それならば、なおさら疑問が浮かぶ。
などなどと思考にふけっていると、声がしたと思うと背中にものすごい衝撃が走った。
「…………………ッ!!!」
振り返る間もなくまるでボールでも投げたかのように体が飛ばされる。
驚きと痛みに耐えながらも必至に術を使いなんとか無事に着地する。
痛む背中を撫でながら振り返るとそこにはいるはずがないであろう人物がいた。
「柳宿……診宿に張宿、星宿様…」
驚きに目を疑う。
「久しぶりね、井宿!」
「お久しぶりです。井宿さんっ」
「元気してたか?」
「たまも久しぶりだな」
井宿の懐から出てきたかつて軫宿の飼い猫であったたまはにゃーと挨拶でもするように鳴く。
「なぜ、ここにいるのだ? ここは大極山じゃ…」
「この大極山は天界に繋がっているそうです」
「お前の気を感じたのでな」
「天界からきちゃったわっ!」
いつもと変わらない様はまるで現生しているのではないかと錯覚さえ覚えるが心のどこかで安堵する。
「それにしても、柳宿。ひどい歓迎ぶりなのだ~」
「だって井宿ったら近づいても全然気づかないんだもの」
「だからといって七星士の力をこんなことで使わなくても声をかければすむのだ」
「いいじゃないの!文句言いながらもしっかりと受身とったんだから」
「そういう問題じゃないのだ。痛いのだっ!」
必至に訴える井宿にどこからともなく笑い声が聞こえた。
心地よい気候の大極山の一角に座り込んだ七星士たちは、国の様子、人々の様子、自分たちのことを話し合った。
「そうなのだ。転生するのにはもう少し時間がかかるのだ…」
「そうなのよ!ここは綺麗だし、いい人たちばかりなんだけど、暇なのよッ!」
今までの刺激ある生活に比べれば平穏なのは大切なことだけれども、慣れてしまえば刺激ある生活が懐かしく感じることがある。
「そうですか?僕は見たことのない書物がたくさんあって暇どころか時間が足りないくらいですけど?」
相変わらずだな、と思いながら張宿の横を見るとうんうんと頷いている軫宿に苦笑する。
「あんたたち、これ以上知識増やしても転生したら全部忘れちゃうのよ?」
「そうですよねぇ」
今どれだけ知識をつけようともすべて忘れてしまう。
それだけではない。朱雀七星士として巫女とともに青龍七星士と戦ったこともすべて忘れてしまう。
辛いこともあったが、それ以上にたくさんのことを知り命を賭けても守りたいと思う仲間たちと出会った………とても大切なことも。
「……………」
張宿の顔を見ると悲しそうに顔を伏せている。
「体がなくとも心はここにある。なんら変わることはない」
今までと違う自分になる必要はない、と。張宿を気遣うようなその言葉。
それは柳宿や星宿ももちろん、そして井宿にも向けられていた。
これから柳宿たちは今ある記憶を無くし次の生へと転生をする。
それは今までの自分への決別であり、次なる自分へと進む1歩でもある。
生まれ変わった自分たちがどんな人間なのかはまだ分からない。
しかし、記憶はなくとも今の自分の心、魂は持っている。
永遠の別れのようにも見えて、本当は何も変わらない、ただ体が違うだけなのである。
「皆、また会えることが出来る」
言葉にせず、ただ頷く。
「きっと美朱さんたちにも会えますねっ!」
「鬼宿と一緒に向こうの世界で幸せに暮らしているのだ」
「鬼宿、先に我が子の顔を見るなど許さぬからな」
星宿の妻、鳳綺の妊娠については先ほど報告したばかりだ。
我が子の姿を見れない悔しさ。
叶わないと知りつつもみんな祈ってしまう。
しかし、鬼宿への怒りは八つ当たりもいい所だ。
星宿の他4人ははははと顔を引きつらせながら乾いた笑いを漏らす。
「今度はこっちから美朱のところにいってみたいわっ!」
「美朱さんの世界はこちらの世界とはまるで違いますからね」
「一体縦長い建物のようなものはなんだったのだ?」
「なぜ地面が黒かったのでしょう?木も川もありませんでしたし…」
考えれば考えるほど謎が呼ぶ。
「美朱に向こうの世界のこと教えてもらっとけばよかったわ」
自分たちの住む世界。
巫女たちの住む世界。
仙人の住む大極山。
七星士であるとはいえ普通の人間である自分が3つの異なる世界へ来た自分が今更ながらに不思議に思う。
そう考えていると、とても大切なことを思い出す。
「だ……っ!?」
「なぁにやっとんじゃ、お前はっ!!」
「「ぎゃあぁぁぁぁ~!!!!!!!」」
「「「……………………………ッ!!」」」
突然の井宿の声を不思議に思うのと同時に自分たちのすぐ近くから声と共に現れた人物に思わず奇声をあげた。
その場に倒れこむもの多数発生。
倒れはしなかったほかの数名も驚きに目を見開き硬直している。
「…た、太一君……」
その中でも比較的軽症であった井宿が声を出す。
「「太一君」ではないわっ! とっとと来ぬかっ!!!」
「は………はい」
大きな顔が迫ってきて勢いに押される形で返事をする。
「ったく、何故わしがお前を呼んだと思っておるのじゃ……」
「ちぃ~ちり~~ 久しぶりねっ!」
ふわふわと浮遊してきた娘娘が井宿にダイブする。
「娘娘、久しぶりなのだ」
頭をよしよしと撫でるとうれしそうに目を細める。
「娘娘には挨拶して、わしにはないのか…」
「いや、そんなことありませんのだ…」
じと目で太一君に見られ僅かに冷や汗をかく。
「お久しぶりですのだ、太一君。寄り道をした上挨拶まで遅れて申し訳ありませんのだ」
姿勢を正して礼儀正しく頭を下げ挨拶をする井宿に太一君はよしと頷く。
そんな井宿に太一君の登場に驚き倒れていた者たちは僅かに疑問を抱く。
「そういえば、井宿ってここに1番ゆかりがあったのよね」
「そうねっ!」
井宿から離れたものすぐ近くでにっこりと話す娘娘。
「井宿、太一君と娘娘とずっと一緒だったね! だから娘娘、井宿と仲良しねっ!」
「親しき仲にも礼儀ありともいうがのう」
と井宿の顔をちらりと見る太一君に顔を引きつらす。
「し、しかし。そういうのでしたら、ああいう登場はっ…」
「何をいっとる、わしの山でわしが何をしようとかってであろう」
「は、はぁ」
それは何か違うと思いながらも相手は天帝、と自身に言い聞かす。
「ねぇ娘娘。昔の井宿を知っているんでしょ」
「21から24までの3年間なら何でも知っているねっ!」
それを聞き柳宿はとてもおもしろい暇つぶしでも見つけたかというようににやりと笑う。
「井宿って昔っからこんな感じだったの?」
こんな感じというのはもちろん朱雀七星士として仲間と共にいたときのこと。
「うーん、井宿はあんまり変わってないと思うね」
「へぇ~」
「真面目で自分で努力してたけど…どこか、特に自分自身のことについて抜けてることが多かったねっ!」
「にゃ、娘娘っ」
自分の過去を知る娘娘と太一君。当然、今から考えれば人に知られて恥ずかしいこともたくさん知っている。
「確か、わしが頼んだ薬草と自分用の薬草を山へ取りに行ったとき、自分用のを忘れてきたことがあったのう」
「た、太一君っ!」
「あったねあったね!」
「娘娘っ!!」
そういえばと語る太一君とうれしそうに同意する娘娘に静止の意味で声を出すが語りは止まりそうにない。
「あれは…井宿1人で山に入って、大怪我をした女の人とその子供を発見して山のふもとのお医者さんに見せたけど、
大怪我をした女の人と今にも泣き出しそうな子供をほって置けなくてそのまま一晩様子を見てたねっ!」
「大慌てで山に戻り頼まれた薬草を探して戻ったが、自分のを忘れとったのう」
「た、確か。そんなこともあったのだが……それよりも天帝が人の過去をバラしてもいいのだっ!」
「何をいっとるっ!これはわしが経験した過去じゃろ 心を読んだり大鏡で覗かぬ限りはかまわぬじゃろう」
うっ、と言い詰まる井宿。
「他にも、敵国に進入し敵に変身したものの、考え事をしながら歩いておったらその変身した張本人に正面から出合った事もあったのう」
「あんたって結構間抜けなのねぇ」
「柳宿さん、笑っては失礼ですよ~」
そういう張宿も必至に抑えてはいるが笑いで肩が揺れている。
「それは、太一君!鬼宿と四神天地書を迎えに倶東国へ美朱と翼宿と行った時の話なのだ。それにその前の話もなんでそんなに詳しく知っているのだ!」
その時も大まかな事情を伝えたが、そこまでは語っていない気がする。
「バレちゃったね」
ぺろっと舌を出す娘娘に井宿は大きくため息をつく。
悪びれた様子どころかにやにやと笑い井宿を見ていた太一君が「そんなことよりも」と言葉を出す。
「お前を呼んだことなのじゃが」
井宿としては「そんなことではないのだが…」と少し言いたい所だが本題に入るということで気を取り直す。
「星宿たちもいるから丁度いいねっ」
「私たちも…?」
太一君も娘娘も先ほど井宿をからかったときのような雰囲気から一変し、神妙なものに変わり、七星士たちは息を飲む。
「どうやら良からぬことを企んどるものがおりそうなのじゃ」
「良からぬことって?」
当然ながらそれだけでは分からない。
「分からぬ」
「そこで、お前と娘娘に調べてきてもらおうと思っての」
「オイラと娘娘が?」
天帝である太一君がいうような良からぬ事など本当にこの世界がどうこうというような良からぬことに違いない。
そんな重要なことが何故自分に周ってくるのか。
「わしの勘じゃがな、お前たち七星士に関係するような気がするのじゃ」
「私たちが?」
「まさか、美朱や鬼宿たちに何か!?」
朱雀に願い、手に入れた2人の幸せ。
どんな困難にも立ち向かってやっとの思いで手に入れる幸せ。
他のものに荒らされるなど、させるわけにはいかない。
「そこまでは、分からぬ。じゃが、もしお前たちに関係があるのだとすると否定は出来ぬな」
「………………」
誰も何も言えずに黙り込む。
「もし、七星士たちにかかわりがあることならば、お前も行ってきたほうがよかろう」
術者である井宿なら、その場の状況が変えれるかは分からないが他のものが感じられないことも感じれるかもしれない。
「わかったのだ」
深くうなずく。
「私たちに、何かできることはないの?」
「そうです!このまま美朱さんや鬼宿さんが別れ別れになるようなことなら黙って見ていられませんっ!!」
柳宿や張宿だけでなく、言葉にこそださないが星宿や軫宿も3人と同じ目をしている。
「大丈夫ね、まだ決まったことじゃないね!」
「でもっ!」
「今は、状況が分からぬ限り何も手出しできぬ。わしのほうでも調べるから少しまっておれ」
まだ手出しのできない状況。
決してあの2人の邪魔などさせない。
なにやら嫌な予感がする。
この1年後、天コウと名乗る魔神が現れる。
その者はかつて心宿の一族が崇めていた者であり、巫女たちの世界で神となるため巫女と七星士を利用せし者。
愛するものとの愛情を確かめるため、過去を乗り越えるため、そして自分に打ち勝つために巫女と七星士は戦う。