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スッと体の力が抜ける感じがして飛皋は己の右手を見て笑みを浮かべた。
「やったな、芳准」
魔人として魂を宿した借り物の体は本来の魂に戻る。
生前と同じ姿の魂は魔人の体とも生前の体ともどれとも違っていて、今さらながら死んだという実感がしてくる。
親友として元に戻れたというのに共に歩めないことは辛いがそれでもこれ以上親友の枷になることは望んでいない。
本来の姿に戻るだけだ。違うのは三人の関係を壊したという心残りが随分となくなったこと。
それにしても
「あいつは、変わっていなかったな…」
殺そうとした自分に戻ろうと、またあの時のように。と言ったのだ。自らの命も亡くして。
その言葉にどれほど親友が背負っていたかが分かる。
洪水から八年。自分が想像している以上に辛い八年だったのかもしれない。
親友が最後まで握っていた手の感触は今はもうない。けれど繋がっていると感じることができる。
それが嬉しくもあり、親友のこれからの長い人生の新たな枷にならないか心配になってくるがきっと大丈夫。
洪水の事をあれほど背負っていたとしても再び自分と対峙することの出来る強さを持っていたから。きっと大丈夫だ。
さて、自分は今からどうしたらいいのだろうか。
少し意識をしたらふわりと体は宙へ舞う。すげぇと少年のように心を躍らせこのまま芳准の守護霊にでもなってあいつの背について回るのもおもしろいとくつくつと笑う。
でも手も口も出せない自分が何よりもどかしく思うだろうと冷静な自分がストップをかける。
ならば?
せっかく自由の身になったのだから面白いことをやらねば損だ!
そう思うと同時にその場から飛び立った。
・・・・・・・・・・
魔人として能力を使っていた魂は宙を舞うことは簡単だ。
思うように動く体を駆使して見つける魂ー中には神様と呼ばれる方もいたがとてもそうとは思えなかったーに聞いて回った。
そして見つけた。
川のほとりでぼんやりと座り込んだ一つの魂、彼女を。
そっと降り立ち名を呼んだ。けれど反応はない。
「香蘭…」
うつろな目をした彼女は何度か呼ぶと返事が返ってきた。
「飛皋?…」
見上げる彼女の目から涙があふれた。
「飛皋…私、私…」
わっと袖で顔を覆ってしまう。
「ごめんなさい、私があなたたちを」
彼女を探す途中事故や殺されたりして未練がある人の中には死んだまま時が流れていることに気づいていない人もいる。と聞いた。
彼女もこのタイプなのかもしれないと心の中で思う。
「香蘭落ち着け。あれから八年たっている。俺も芳准も大丈夫だ」
その言葉にはっと顔を上げた。
「八年?」
反応した。言葉は通じる。
安堵の息を吐く。まぁ急ぐ必要もないのだが。
飛皋はゆっくりと今までの自分と芳准に会ったことを話した。
驚きつつも案外素直に受け止めた彼女にようやく笑顔が戻る。
「芳准も、すごく辛かったはず」
今度は芳准の事を思い涙する彼女は俺たちが愛した彼女のままだ。
「で、飛皋。今度は何のいたずらを思いついたの?」
目を丸くした飛皋に彼女はくすくすと笑う。
「分かるわよ。何年一緒にいたと思っているの?」
はー。とため息をつき、言葉を選ぶ。
ここに来た理由なんて決まっている。これから言う言葉を彼女に言うためだ。けれどいざとなると照れて言葉が出ない。
「あのさ、あいつがこっちに来たら一緒に迎えに行ってやらないか?」
「え?」
「それがさ、あいつの願いだから」
天で彼女と三人に。一緒に戻ろう。
この八年間恐らく誰にも言えなかった本当の声。何よりの願い。
「あいつが望んでいるなら、叶えてやりたい」
これは随分と気の長い話だ。転生を彼女が願っているのなら叶わない。けれどあれから八年たって出会えたのだから。
けれど彼女が望んだのは別の事。
「残念だけど無理」
「何で!芳准に会いたくないのか?」
「会いたいわ!会いたい…けど無理なの」
「何故!」
彼女は言葉を切り飛皋に背を向ける。
彼女の長い髪が風に乗る。
「私も芳准に会いたいし、芳准を待つことだってかまわないわ。けれど…子供の頃のようには無理」
「無理?」
「時がたてば心はうつる。女はね、卑怯なのよ?」
振り返った彼女は笑顔で、けれどどこか悲しそうで。
「卑怯?」
「そう。一度うつってしまえば戻ることは出来ない」
「しかし!」
「だから、見つけて。現世でまた一緒になりましょう!子供の心のままで」
納得できない。けれど理性は納得できる。
あの時のままなんて無理だ。
「…………分かった」
「ありがとう。飛皋。また生まれ変わったら会いましょう。三人で」
そう言って彼女はスッと姿を消した。
まるで探さないでと言っているかのように。
「また、彼女と三人に。戻ろう」
・・・・・・・・・・・・・・・
言い訳。
「天で彼女と三人に戻ろう」そう言った井宿。これって井宿の一番の本音だろうなぁ。
だからこそ飛皋も叶えようとするのかな。
きっと飛皋も戻りたいだろうし。
でも、香蘭はどうだろう?
女心ってそう簡単じゃないような気がして。会いたいけどあの時とは違うから会えない。
過去の繋がりに縛られる男と違って女って割り切れるような気がして。
(((なので香蘭の時間が止まってたのは、転生してたら困るので←)))
あー!でもこれってお題と微妙にずれるようなー。ごめんなさいorz
ドボォォォォン!!と盛大な水の音に近くの木で休んでいた鳥たちは一斉に飛び立った。
少ししてその中心地から井宿が顔を出す。
やっとのことで岸にたどり着くと、肺に入った水を出すため咳を繰り返す。
なんとか落ち着くと、まず状況判断をした。
何故今自分がここにいるか、それは…
「やられた…」
まず思ったのがそれだった。
下界に落とすだけなら何も池の上に落とさなくてもよいはずだ。今まで何度も落とされたがこんな粗い仕打ちは初めてだった。
その理由は簡単。あの「砂かけババァ」発言を太一君は忘れていなかった。というだけだ。
意地が悪い。
すぐにその報復をせず時間差で来るとは、油断がならない。
そして改めてあの発言だけは気を付けると心に誓う。
温暖な紅南国とはいえこの季節に行水はまだ早い。肌を撫でる風は冷たく感じる。
このままでは風邪を引く。どこか冷めた頭でそう思ったのは日頃口やかましい娘娘たちの言葉から。
体調が悪い中無茶をして太一君と娘娘たちに囲まれ怒られたのは少し前の話。
井宿自身風邪を引こうがどうしようが構わないが、それでは目的のため支障が出るからなるべく回避する。
というだけのことだが進歩といいえば、進歩かもしれない。
火でも熾し濡れた衣を乾かそうかと立ち上がり一度池を見た。
ニコニコと天に向かって笑顔を振りまく何かが浮いているのに気づいた。
見たことのあるそれは、先ほど娘娘の術で作られたものと同じもの。。
咄嗟に自身の顔に手をやると触り覚えのある手の感触。
…術が、とけている。
あの娘娘の術がそんなに簡単に?
そして術が解けたということは?
心臓がドクンドクンと粗く音を立てる。
左目には大きな傷。
何もできずに、親友を殺した証。
ただの、無力な…
シャン。
乾いた金属の音が聞こえて、思い出す。
「俺は、朱雀七星士井宿なんだ…」
巫女を護るために生きている。
今優先すべきことは、自分のことではない。巫女が現れるまでは能力を使えるようになること。それだけだ。
頭を振り意識を切り替える。
井宿にとって左目の大きな傷を隠すことは過去乗り越えるのではなく、過去を封印すること同意であった。
浮いている笑顔を手に取ると改めてその不思議な物体に首をかしげた。
娘娘の作ったもの。
なんせあの娘娘なのだからそれだけでも十分過ぎる理由なのだが、そうはいかない。
ふよふよと柔らかくて、どのような素材でできているのかも検討もつかない。
変化の術というよりは、幼いころ祭りで買ってもらった面のようだと、なんとなく思った。
面だというのなら、顔に着けてみる。
が、ひらりとそのまま落ちてしまう。
やはり支えとなるものがなければ重力に従い落ちてしまうのは当たり前。
面が被れない。という事実に井宿は大いに焦った。
それはこの先、大きな傷をさらして生きることがどういうことだというのかは井宿自身が十分すぎるほど知っている。
手がわずかに震える。
この左目を隠すことが出来ない。娘娘の術ですら出来ないのならば自分の力では到底出来るわけがない。
知らぬうちにこんなにこの面を受け入れ、依存していたことに気づき驚く。
子供の落書きのようなこの面が…
とても「一般的」な顔とは思えない面が…
それでも。
こんな傷をさらして生きるほうがよっぽど、怖い。
怖いと泣きだす子供。慌てて顔をそむける。「見てはいけない」実際に子供に言い聞かせる声も聞こえたこともあった。
俺はただ、旅をしているだけだったんだ。
それがたとえ肉体的にも精神的にもどんな状態であっても井宿にとってはそうであった。
裏切り、拒絶。
人間の醜さをこの1年程で嫌というほど見てきた。
関わりたくない。けれど、
「…俺は、朱雀七星士、井宿なんだ…」
そう思い込むと少し吐き気も楽になる。
このようなことで立ち止まっている暇はないんだ。
息を飲み、考える。
『娘娘、いい術知ってるねー!』
そうか、術か!
作り出したのは娘娘、だが使うのは俺だ。
術者としての基礎もまだできていないが勘で面に気を送りつけてみると、意外と簡単にできた。
だが、恐らくは。常に気を送り続けるほどはしなくていいが、気を抜くと落ちてしまうのだろう。
だから池に落とされたとき取れてしまったのだろう。
風が吹くと、寒い。
手ごろな枝を集め火を熾して上衣をぎゅっと絞り乾かす。。
慣れたものだ。野宿のやり方なんて知らなかったのに、今はどの野草が食べれて、どうすれば薬になるのかも少しだがわかる。
思えば、全て昔父に貰った書物に書かれていたことだ。日常生活には絶対に使わない雑学のようなものも教えてくれたのは父だった。
流石父上は博識だ!と当時は思ったが官吏の父がそのようなこと知る必要ないし、知識を手に入れる時間さえなかっただろう。
恐らく、朱雀七星の証を持つ自分が、どんなことがあっても困らないように出来る限りの知識を与えようとしたのか…
その父も…
収まっていた胃が再び動き出す。
沈んだ思考を元に戻したのは複数の足音。
見ると柄がいいとはとても思えない体格のいい男が3人。井宿に向かってきている。
「なんだ坊主かよ?」
「坊主なんか、金目のもん持ってるわけねーな」
追剥か。
「おいおいこの坊さん、この寒空の下池に落ちたってか?びしょ濡れだぜ」
「どんくせー」
げらげらと下品な笑い声。
どうする?金目の物など持っていない。このまま逃してくれる…
「でもよー、坊さんの仏具っていい金になるんじゃねぇ?」
わけがないか…
「というわけでー、渡してもらおうか」
にやにやと笑いながら手を差し出すが、倣うつもりなど毛頭ない。
生きた目をしていない僧侶など格好の餌食だったのだろう、この手の者に追われたことは何度もある。
金目のものは持っていないが、この数珠と錫杖は持っていかれると非常に困る。さてどう切り抜けるか…
足でも格闘でも恐らく敵わない。だったら先手必勝。
掛けてあった上衣を手に取ると、そのまま手を出した男に向かって思いっきり一振り。
まだ十分に水分を含んでいる上衣はそれなりに破壊力があって、男たちは一瞬怯む。その隙に走り出す。
「こんのクソボーズがああ!!!」
思わぬ反撃に目の色を変えて追いかけてくる。
渾身の力で逃げる井宿。だが走り慣れている相手に敵うはずもなく距離はだんだん狭まってくる。
けれど盗賊たちの中にも得手不得手があり、自然足の順に並ぶ。
1番足の速いものが井宿の真後ろに来たとき、振り返りざまに錫杖でなぎ倒す。
ガツンという音とともに男は倒れ込む。
同じ要領で残り2人を倒す。
十分に引き離したところで、へたり込んだ。
酸素が足りない。汗がだらだらと流れ落ちて、もはや池の水で濡れているのか汗で濡れているのかもわからない。
どうせ同じだからと上衣を着るとひんやりしていて心地よい。
息が整った頃、今いる場所を改めてみると少し先に街があるのがわかる。
まさか、と思いながらすれ違う人を見ると旅の行商のようで、大きな街なのだと分かる。
太一君のことだから、栄陽に間違いないのだろう。
どうする…
自然と手が傷を確認する。
面がついたままだ。
どうする?
大きな傷は今はない。
だけど…
何度も沁みこまされた思いはそう簡単には割り切れなくて。
けれど
巫女を護ると決めた以上、最低限は人とかかわらなけばいけないのだろう、と冷静な自分がそう告げている。
笑顔の面。
もう一度確認して、自分の気を送ってはがれることがないようにして。
「俺は、朱雀七星士、井宿だ」
行くしかないんだろう。
「井宿ぃぃぃ!!!!」
「すごいね、ちゃんと任務完了ね!」
「頑張ったね!」
「すごいねー!!!」
「えらいえらい」
任務完了直後、背を叩かれ振り返ると娘娘が1人いた。
大極山へ戻るといつものように娘娘たちの歓迎。
展開の早さに少しついていけず、あの覚悟と緊張は一体なんだったんだろうと思わず自問自答してしまう。
「戻りました、太一君」
そういい頼まれたものを渡そうとする。
「なんじゃその恰好は?」
いや、誰がこんな恰好にしたかって?あまりの言いように苦笑するしかない。
「少しは身なりを整えようという気がなかったのかのぅ」
そういえば、そういう発想はなかった。
「どんなに表面をつくろっても、その恰好じゃ目を引いたじゃろう?」
そういえば…通り過ぎる人がこっちを見ていた気が…しなくもないが、あまり気にならなかった。
明らかに今までの目とは違っていたから。
これが、この面の効果なのか?
そうか…これが…
井宿の心情を知ってか知らずか、いや知っているからこそ鼻をフンとならした。
「まぁよい。買い物ごときに時間がかかりぎじゃ」
面に頼るということが今はよいかもしれないが、後々どういうことか本人が一番わかるだろう。
「さ、井宿あったかいうちに食べるね!」
「肉まんおいしいね!」
「あーん。してほしいね?」
「あ!でも井宿その前に着替えるね!」
「乾かすね!」
「乾かして、食べるね!」
本日の修業。
『栄陽で肉まんを買ってこい』