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船酔い





 いつもはうるさいくらいに元気な翼宿が船に乗ってからは随分と静かだ。

 船に乗る前に”カナヅチ”というあまりに情けない姿を目撃した一行は誰もが「水が怖いんだ」と思っていたが軫宿の診断ではどうやら原因は船酔いのようだ。

 そういえば、最初は旅を出る高揚もあり鬼宿たちに随分とカナヅチをネタに騒いでいたなと井宿はフト思い出す。

 少しは外の空気に当たったほうがいいという軫宿の提案に甲板に出てきたはいいがあまりに辛そうな

ーーとは言ってもからかわれたらしっかりと返すのだがーー姿と翼宿自身に何かいい方法はないかと問われたことに少しでも慣れればとある秘術を教えた。

「しかし、こっちも気持ち悪くなりそうなのだ」

 その原因は船酔いに加え井宿の教えた秘術、その場でぐるぐる回るというとんでもない方法だったりするのだが教えたの張本人はしれっとしたものだった。

「どうした、お前も船酔いか?」

「いや、そういうわけではないのだが・・・」

「船酔いは薬で紛らわすことはできても本人の問題だからな。船に少しでも慣れてしまうほうが賢明だ。まぁ確かにあれは随分荒療治だがな」

 当然翼宿の頑丈な体を知ってのことなのだが。

「1度慣れてしまえば多少のことは大抵大丈夫なのだ」

 今のような全員が無事にここにいる状態でなら、たとえ青龍七星のに襲われたとしても翼宿1人が動けない状態でもなんとかしのぐことはできるだろう。

 あちらも神座宝を求めて他国へ赴くのだろうからまさか全員でこちらへ乗り込んでくることはないだろう。

 問題は翼宿1人で戦闘不能な状態で何かがあったときだ。

「まぁ。翼宿なら何があっても死ぬことはないだろうがな」

「唯一この状態で何かあったとして翼宿が困ることといえば、外が運河だということなのだ」

「そればかりは薬ではどうすることもできんからな、自力でなんとかしてもらうしかないな」

「そうなのだ」

 なにやら美朱と柳宿が騒いでいる。先ほどの柳宿の料理を美朱が平らげたという話の続きだろう。

 そしてこの騒ぎは自室で寝ている翼宿の元へも届いているだろう。

「大人しくしている翼宿なんてあまり想像つかないのだ」

 操られた鬼宿との怪我のときも軫宿の能力が回復するまでの間寝台にこそいたものの部屋に誰かが来るたびに口はせわしなく動いていた。

 井宿はすぐ後ろにあった手すりに背を預けため息を1つついて空を見上げる。

「だ~」

「どうした?」

「いや・・・翼宿を見ていたら少し思い出したくないことを思いだしてしまったのだ」

 苦笑しながらこちらを見る姿を見て、思い出したくないとはいいながらも重い話ではないのだろうと軫宿は判断する。

「船酔いではないのだが、昔あの秘術と同じような目にあったことがあるのだ~」

「やはり、実体験が元か」

「分かるのだ?」

「職業柄いろんな人間を見ているからな」

 最もお前のようなタイプが一番やっかいだがな、と付け加えると「よく言われたのだ」と嫌味に動じることなく肯定する。

「星宿様に化けた変身の術、あれは変身する人物をイメージするのが一番大事なのだが・・・一番始めに変身したのが、太一君なのだ」

「ああ。鬼宿が太一君のドアップに耐えれるのは大極山に3年もいた井宿くらいだと言っていたな」

 とはいえ、儀式のあとの登場にはさすがにひっくり返ったのだが、それでも他の七星の中では一番立ち直りが早かった。

「その頃は術1つ満足に使えないくらい未熟なのもあって、うまく太一君がイメージができなかったのだ」

 もちろん原因はそれだけではないのだが、いつどこでこの会話が聞かれているとも限らないのを知っている井宿は言葉を濁す。

「それを見かねた娘娘が・・・娘娘は太一君に使える仙女なのだが、太一君に変身した10人くらいの娘娘たちに周りを囲まれたことがあるのだ」

「そ、それは・・・」

 儀式のあとに出てきた太一君の姿とぐるりと周りを囲まれた状況を一瞬想像してしまい、軫宿は頭を抑える。

「しかもその日太一君の姿の娘娘がオイラの側を離れてくれなくて随分困ったのだ。お陰で変身の術に成功したのだがしばらく悪m・・・いやなんでもないのだ」

 ただ側にいるだけではないという娘娘の性格を軫宿は知らないが井宿が飲み込んだ言葉を察する。

「そ、それで”毒を持って毒を制する”か・・・船酔いがあれで治ったらいいがな」

「オイラのときは効果的だったのだが、出来れば二度とああいう目にはなりたくないのだ」

「そうだろうな」

 柳宿が翼宿の部屋のほうへ料理を持っていく姿が見えた。

「あ、そうなのだ!柳宿、それ翼宿に持っていくのだ?」

「そうよ、何か少しでも食べなきゃいけないしね!」

「これも一緒に持っていってほしいのだ」

 どこからか取り出した複雑な文字が書かれたお札を1枚渡す。

「何これ?」

「これは荒れた気を抑えることのできるお札なのだ。これを身に着けていると少しは楽になるかもしれないのだ?」

「自分で渡しなさいよ!というかなんで疑問なのよ?」

「今オイラが翼宿のところに行くと、きっと怒鳴られるのだ~ それに、この本来は魔物を抑えるお札なのだ。だからそういう用途には使ったことがないのだ~」

 その言葉に柳宿は声を上げて笑い出す。

「翼宿には内緒なのだー」

「翼宿自体魔物なんじゃないのぉ~」

 ケラケラと笑いながら食事を運ぶ柳宿に「頼むのだ」と声をかけると手を振って答えた。






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いつか、きっと





 彼、鬼宿は悩んでいた。

 巫女を守り朱雀を呼び出し国を守るという大きな使命を持つ朱雀七星士とはいえ、まだ若干17歳の彼は悩める思春期の少年。それも仕方のないことだ。

 そんな彼が悩んむ理由は大きくわけて2つある。

 1つは家族のこと。もう1つは朱雀の巫女、美朱のことである。

 そして今回も例に漏れることなく朱雀の巫女、美朱のことであった。

 先日、美朱の世界のイベントで゛ばれんたいん゛というものがあった。それは本来は男と女のイベントであり女が男に告白の意を込めて゛ちょこ゛を贈るというものであった。

 美朱と恋愛関係にある鬼宿はチョコを貰った。

 いろいろと苦難の道を通ったが、なによりもその行為そのものはとてもうれしいものだった。

 愛を受け取ったからには美朱へ伝えなければいけない。

 が、そこが問題なのだ。

 彼女の喜びそうな食事に誘いお腹いっぱい食べさすてあげようかと思ったが、朱雀の巫女という立場にある彼女は日頃豪華な宮殿の食事をお腹いっぱい食べている。

 それにどうせなら形に残る物がいい。

 ならば少し奮発して綺麗な簪でも贈ろうかと思ったまではよかったが残念なことに先立つものがない。

 タイミングの悪いことにチョコを貰う3日前に弟から手紙を貰ったのだ。

 内容は家族のことや国のために働く長男への激励だったのだが、

 「今年は不作だけどなんとか食いつなぐことは出来るから心配しないで」などということをチラリと書いていたのを頼もしい長男が見逃すわけもなく、

 ちょうど少し貯まったお金も出来ていたので翌日に家族たちの元へ届けに行ったのだ。

 家族と美朱を天秤にかけることは出来ないが、どうしてこう両方重なるのだろう。そう思い大きく息を吐く。

「どうかしたのだ?」

「井宿・・・」

 七星として宮殿へ迎え入れられても続けているよろず屋は運悪くなかなか仕事が入らない。

 彼女を喜ばす術を知っているだろうかと相談しかけて、やめた。

「いや、何でもねぇ…」

「・・・何なのだ、そのオイラに話しても仕方がないというあからさまな態度は…」

「えっ・・・いや・・そんなつもりは…」

 ハハハと軽く鬼宿に小さくため息をついた。







「そういうことだったのだ・・・オイラにも似たような経験あるのだ」

 苦笑しながらそういう井宿を少し意外な感じがしたが年を考えれば恋愛経験の1つや2つあっても少しもおかしくない。

 ただあえて「似たようなことが」と言ったのは井宿に相談しても解決しないと思ってしまったことにする井宿なりの小さな反論だろう。

 鬼宿としては、見た目は年齢不詳正体不明だから仕方ねぇよ。と本気で思うのだが。

「金がねぇからなんで格好悪いし・・・貧乏つーことはあいつも知ってるけどよ・・・何より美朱が苦手な料理作ってまで俺に気持ちを伝えてくれたのに何も出来ねぇなんてみっともねぇ」

 目をそらし僅かに頬を染めた鬼宿を微笑ましく思う。

 若いのだ・・・と思い自分の過去を思い出し少し胸が痛む。

 でも美朱や鬼宿たちには自分たちのようになってほしくないのから。

「鬼宿君は美朱ちゃんがどう思っていると思うのだ?」

「どうって・・・」

「美朱ちゃんは何をしたら一番喜ぶと思うのだ?」

 だからそれが一番問題なのだが。と小さく思うが口にしないのは誰かに答えを貰うようなことではないと分っているから。

「何が欲しいかじゃなくて、何に対して喜ぶか。だよな」

 どっちみち何かを買おうと思っても今すぐには無理なのだから。

 どれだけ自分が美朱のことを真剣に思っているか、何よりもそれを伝えたい。

「ちょうど今は休息のときなのだ。どこか2人で出かけてくるといいのだ」

「井宿・・・」

「オイラに出来ることがあれば手伝うのだ!」











 連れて行きたい場所はある。

 でもそこは少し遠いからほんの少し人の手を借りるけど、きっと美朱なら喜んでくれる。

 みんなも喜んでくれる。

 これから何があるかは分らない。

 けれど、

 いつかきっと、一緒にずっと離れることなく手をつないでいたいから。





「美朱、一緒に行きたい場所があるんだ」







Happy Valentine's Day!!





「あーーー井宿、いたいた!!」

「美朱ちゃん。どうしたのだ?そんなに慌てて?」

 少し乱れた息を整えると美朱は手に持っていた袋から小さな包みを取り出し井宿に手渡した。

「はい、これ。今日バレンタインだから」

「ば・・・ばれっ??」

「えへへ。私の世界のイベントなんだ。

今日はね、女の子から大好きな男の子にチョコをあげる日なんだよ。井宿にはいつも迷惑かけてる」

「これ、もしかして、美朱ちゃんが・・・??」

 恐る恐る聞いてみるが、返される言葉は否定することはないだろう。

「うん、私が作ったの」

「・・・・・・・・」

「あんまりチョコ持っていなかったから、ちょっとしかないけど」

「あ、ありがとうなのだ・・・」

 以前美朱の作った料理を食べた時のことを思い出し呆然と手渡されたチョコを見る。

「私こそ、いつもありがとうね。井宿!」

 美朱の手の袋から見える貰ったものと同じだと思われる包み紙を見て、何事も起こらなければいいのだが。とちらりと思う。

「井宿・・・あのね・・・」






※ ※ ※







 紅南国宮殿の一室の前で1人の少年がいた。

 扉に手をかけ声をかけようと口を開くが、そのまま声にならずに口を閉じる。

 しかしノックをするかのように扉の前まで拳を持っていくが、やはりそのまま手を下ろす。

「美朱・・・」

 俯いたまま小さくつぶやく。

 彼、鬼宿は悩んでいた。

「なんで・・・・・・」

 昼前、星宿様は美朱から「ちょこ」と呼ばれる美朱の世界のお菓子を貰ったという。

 聞けばそれは、美朱の世界のイベントで今日は女の子が好きな男にチョコをあげるという日らしい。

「俺には、ないのか・・・」

 チョコを貰うどころか美朱の顔を朝食時に1度みたきりだ。

 美朱の世界のお菓子には興味はある。

 だが、しかし空が薄暗くなったこの時間になっても何も貰っていない。

 それどころか、自分のことが愛しているのなのなら1番に渡してもいいはずだと思う。

 なのに、何故。

 もし否定されたら。

 もし自分よりも星宿のほうが好きだと答えたら。

 そう思うと、心が重くなるのだった。

「た、鬼宿・・・」

「美朱」

「鬼宿、あのね・・・私っ・・・・・・」

 そう言ったきり口を噤んでしまった。

「美朱・・・」

 目を逸らしぎゅっと服を握り締めている美朱を見てもしかして、本当に。と思い始める。

「ごめんなさいっ!!!!」

 それを肯定するかのように謝罪の言葉が述べられる

「私・・・私・・・・・・」

 ぎゅっと目を閉じた美朱の肩に震える手でそっとおく。

「美朱・・・おっ俺より、星宿様を愛しているのか」

 聞きたくはないが、聞かなければいけない。

「えっ!?・・・なんで私が星宿を???」

 帰ってきたのは肯定も謝罪でもない否定の言葉、しかも見ると美朱自身きょとんとしている。

「・・・星宿様に「ちょこ」ってやつあげたって・・・あれって好きな男にあげるって聞いた・・・」

 目を丸くしていた美朱だったが合点がいったかとでもいうかのように手をポンと叩いた。

 そこで義理チョコと本命チョコの違いを聞き、思わずその場に座り込んでしまった。

「なんだよ~」

「私は鬼宿一筋だよ。ちゃんと鬼宿のチョコも用意してるよ、はいっ!」

 渡されたのは可愛くラッピングされた小さな箱。

「私が作ったんだよ!」

 箱は違うんだけどねと続ける。

「ありがとうな、美朱!!」

「えへへ。どういたしまして」

 わずかに頬を染めてにこりと笑う。

「でもよう、なんで謝るんだ?」

 もっともな疑問だ。そのため自分は多いに勘違いして一瞬だが絶望してしまったのだから。

 そう言われてわずかに視線を泳がせた美朱が意を決したようにこちらを見た。 「昨日ね、鬼宿に綺麗な石くれたでしょ」

 確かに昨日出稼ぎの帰り道川辺でトパーズに似た薄い黄色の石を見つけ美朱に渡した。

「その石ね・・・ごめんなさい、なくしっちゃったの」

 ずっと探してたんだけど見つからないの。そう続けられた言葉を聞いて納得した。

 今日一日会えなかったのは自分の渡した石、しかもそのあたりに落ちている石よりはずっと綺麗という程度の石を探していたのだ。

 大切にしてくれていた。

 軽い気持ちで渡したその石がどれほど喜んでくれていたかを知り胸がいっぱいになる。

「美朱、ありがとうな。俺も一緒に探すよ!」

「うん、鬼宿!」






 美朱に聞くと、今朝まではあったという。

 つまり今日の行動をたどれば見つかるはずだ。

「今日は、朝起きてすぐ厨房に行ったの」

 「厨房」という言葉を聞き若干冷や汗をかいたがその言葉は後でよく吟味するとして。

「その後、ちょっと服汚しちゃったから着替えたんだけどね、そのときに気づいたの」

 制服といういつもとは違う服を着ているのには気づいていたが、そういうことだったのかと思う。

「つまり、美朱の部屋か厨房か服にあるってことだよな」

「でもね。私の部屋も厨房も服もずっと探してたんだけど見つからないの」

 自分の手に持つ「ちょこ」というものを見てまさかと思う。

「一応聞くけどよ、厨房で何してたんだ?」

「みんなにあげるバレンタインチョコを作ってたの!」

「それだっ!」

「そっかぁ。みんなのチョコの中に入っちゃったかもしれないんだ!」






 そうと決まれば早いもので、宮殿にいた七星士たちを集めた。

 さすがに政務で忙しい星宿以外が集まった。

「ってことは、このチョコの中に入っているかもしれないってこと?」

「うん・・・ごめんね、みんな」

 さすがの美朱もばつが悪いらしく「なんで誰も食べてないの?」というもっともな疑問は浮かんできていないらしい。

「この場でみんな食べてみるといいのだ?」

 「手作り」と言う言葉を知っている井宿は若干引きつっている。よく見ると他の面々も知っているようだ。

 そもそもチョコというのはどういう食べ物なのかは知らないが、美朱の手作りということは悪いがあまり期待できない。

 むしろ危険なにおいがする。

 箱を開けるとこげているのか!?と思えるような怪しい黒に近い茶色の物体。

 これがお菓子!?とは思うものの☆型?や丸型?などかわいらしい形になっているが手作りたる所以だろう。

 美朱の世界とは違い型がなかったらしく、形がかなりいびつになっている。

「・・・食べなアカンのか・・・」

 しかも今、この場で。

 美朱に聞こえない程度につぶやく翼宿の顔にしっかりと「なんでこんなん食べなアカンねん」と書いている。

 張宿も未知の食べ物に興味がある反面、過去に食べた美朱の料理を思い出し恐々とチョコを見ている。

 その横で軫宿は残りの胃薬の残量を思い浮かべ、渋い顔をする。

「さぁ、みんな食べましょうよ」

 そう言う柳宿自身顔色はよくない。

 だがしかし前へ進まないことには何も始まらない。

「では、食べるのだ」

「そうですね」

 柳宿の言葉に意を決し、いただきますとそれぞれ口に運ぶ。

「あら?」

「おっ!」

「だ!」

「美朱さん、おいしいです!」

 それぞれ、さも意外とばかりに目を丸くする。

「きゃー!よかったあぁ」

 手を叩いて喜ぶ美朱の横で鬼宿が信じれないような顔で仲間を見る。

「なんや甘いし見た目はグロテスクやけど、いけるで!」

「グロテスクって何よ!」

 そんなことないよ!と頬を膨らませるが顔はご満悦だ。

「おいしいわよ、美朱」

「ありがとう」

 この間食べた美朱の料理だけがダメだったのかと思い始める。

「この前のはちょっと失敗しちゃったけど、よかった」

 ちょっとじゃないだろ、と誰もが突っ込むが誰も口にはしない。

「でも、でてこなかったわね・・・」

「うん・・・星宿のチョコに入っちゃったのかな・・・」

「ちゃんと探したの?」

「うん。でもまた探して見る・・・」

 シュンとなってしまった美朱を見て言うべきか悩んでいた言葉を出す。

「俺まだ喰ってねぇんだ」

 みんなの意見も聞いたことだし、きっと大丈夫だろう。

「あんたまだ食べてなかったの」

「食べてみて!」

 綺麗に包装された包み紙をのけて箱をあけると明らかに仲間たちとは違うチョコを見て一瞬焦る。

 それでも期待に満ち溢れた美朱の顔を見て生唾を飲んで意を決して口に含む。

 がりっ。

 なにやら食べ物とは思えない硬い物体があって口から出す。

「あったあぁぁぁぁ!!!!」

 よかったと幸せそうなに笑う美朱の横で紫色の顔の鬼宿がいた。

「うぐっ!!!!!!!!!!!!!!」









 余談だが、鬼宿に渡したチョコは手作りのトリュフで七星士たちに渡したチョコは溶かして型にいれただけのものだったのだ。

 そして鬼宿は腹痛に3日間寝込んだという。

月明かりの中で





 久方ぶりに感じる紅南の空気は肌に合って心地よい。

 七星として名乗り出てから倶東、北甲、西廊の3国に赴いた。

 故郷を離れてから6年、各地を旅したがやはり紅南がよいと思うのはやはりここが生まれ育った地だからなのか。

 見上げれば月が丸く円を描いている。

 こんな風に空を眺めるのはどれくらいぶりなのだろうか。







 紅南の地に戻ったのは数刻前。

 疲れた体と思いつめた顔をした巫女と七星たち、そして動かなくなった張宿を見て星宿は何も言わず笑顔で出迎えた。

 聞かずとも数の合わない七星士を見て察したのだろう。

 事情は今すぐにでも聞きたいだろうに、何よりも先に休息の時を与えてくれた。

 そんな優しさに感謝しながら、どこか心が痛かった。



全員で帰ってくる!



 そう約束したのは遠いようで近い過去。

 能力は使えるようになっても、何も出来なかった自分がただ歯がゆく、実践では何も役に立てなかった自分に苛立つ。

 まだ若く、生きていればどんな未来が待っているか分らないというのに。

 失うものはすべて失ったと思っていたが、すっぽりと抜けてしまった何かに自分にとって彼らがいつのまにかかけがえのないものたちになっていたのだと気づく。


 いつも、気づいた時には遅い・・・


 死にたかったのかと問われれば「否」と答える。

 だが生きていたいのかと問われれば、わからない。

 両の肩に乗せられた宿命はあまりに重い。

 だが今まで支えていられるのは、こんな自分にも仲間というかけがえのない存在がいたからなのだ。

 失った分重くなった宿命は、これからも支えられるのだろうか・・・













「眠れないのか・・・」

 どれくらいそうしていたか、不意に後ろから声がかけられた。

「・・・軫宿」

 月明かりに照らされた影は声の主。

「どうしたのだ?」

「お前が、外に出て行くのが見えたからな・・・」

「すまない、起こしたのだ?」

 こっそりと音を立てずに出たと思っていたが。

「いや、俺も眠れなかったからな」





「生き残って、しまったのだ・・・」

「・・・そうだな」

 無意識に出た弱音ともいえるその発言に言った張本人が少々驚いた。

「また、生き残ってしまったな」

 どこか遠くを見て言う軫宿にそうか、と思う。

 軫宿の過去は聞いたことはないが、彼も自分と似たような境遇だったのかもしれない。

「張宿は最期、俺たちに「ありがとう」と言っていた・・・」

「そうか」

 あの時、箕宿が倒れたとき油断したのは張宿だけではない。

 むしろ術者である自分が1番に気づくべきだった。

 そう思っては悔やんでも悔やみきれない。

 知らずに握った拳に力が入る。

「オイラこそ、張宿にありがとうと、伝えたいのだ・・・」

 たった13歳の少年の勇気ある決断。

 出来ただろうか、自分が同じ年頃の頃に。

 聡い子だから、これが最善だと判断したのだろうが。

 「役立たず」とか「何も出来ない」と言っていたが、彼の行為が自分たちを先に進ませてくれた。

 だが、結局は青龍召喚を阻止できなかった。

 出来ることなら最期を看取りたかった。

「朱雀七星士の宿命を・・・張宿は」

 命を懸けて巫女を守り、国を守る。

 それが七星士の宿命。

「立派にやり遂げたのだ」

 空を仰ぐ。

「無力だな、俺たちは・・・」

「あぁ・・・・・・だが、立ち止まるわけにはいかないのだ」

 ここで立ち止まったら、あのときと変わらない。

 後悔はしないと決めたから。

 それに、

「柳宿や張宿の死を、未来に繋げる」

 無駄にはしない。

 青龍の巫女を止める。

 朱雀を呼び出す。

「それがオイラたちの役目」

 自分たちに何が出来るかわからない。

 そして、これから始まる新たな戦い。

 朱雀の巫女、青龍の巫女。そして両者の間にいる鬼宿。

 青龍の力を得た唯、心宿がどう出てくるか。

「あぁ、繋げていこう。未来へと」

仮面の奥に





 1人は開けられたドアを見て顔を引きつらせて固まる。

 もう1人は開けたドアの向こうの人物を見て唖然と立ち尽くす。

 お互い何も言えずしばしの沈黙の間。

「………………」

「………………だっ」

 先に言葉を出したのは、かわいらしい3頭身の人物。

 その言葉にもう片方、紅南国皇帝の側近であり右大臣の地位をもつ彼は今の状況を再認識する。

「こ………こ、こここ皇帝陛下あぁぁぁぁっ!!!!!」








 

仮面の奥









 時を遡ること数刻前。

 現在朱雀の巫女は柳宿、井宿と共に5人目の七星士を探す旅に出ている。と、公表されている。

 しかし実際は、

「だぁ~ 陛下の仕事というのは大変なのだ~」

 部屋を出た家臣が置いていった執務机を埋め尽くす書類の束を前に肩を落としたのは井宿であった。

 10日前、七星士探しの旅に出るときに見た皇帝としての国の安泰を願い紅南国の発展のため政治をする星宿と七星士そして1人の人間として美朱を守りたいと思う星宿。

 2つの辛そうな顔を見てしまった井宿はいたたまれなく、1度は旅に出たものの引き返し身代わりを申し出てしまった。

 国はしばらく平和とはいえ、日常の仕事は次から次へと舞い込んでくる。

 星宿にいろいろと教えてもらっているし、昔は官吏を目指して勉強はしていたもののやはり実際の仕事は分からない事が多い。

 そんな時は星宿に渡した鏡を通して連絡をとっているがお互いが常に使えるわけでもなく、

 星宿に比べ仕事をこなす速度がかなり遅くなったと家臣たちが疑問に思い始めたのは星宿が旅に出て僅か数日のことだった。

 「最近の陛下は少しおかしい」という視線に気づいた井宿は星宿らしく!と振舞うのだが

 何分知り合って間もないで星宿という人物が掴めきれていなく疑いの視線は日に日に増していったのであった。

 そんな日々を過ごし慣れない生活と精神的にも少し疲れていた頃だった。

 机に並べられた大量の書類を目の前に少し休憩とイスに普段のように3頭身でぐでんともたれかけたとき「失礼します」とドアが開かれたところを見られたのだ。






「だーっ!」

 右大臣の大きな声に、慌てて口をふさぎながらドアを閉める。

 井宿も動揺していたのだろう、口をふさぐときとっさに発した言葉が普段の言葉づかいだった。当然星宿はこんな言葉は使わない。

 そのことに気づいた井宿は観念したかのようにため息をつき、変身をとく。

「ちっ……井宿さま…!?」

 何故、どうしてここに…と目を白黒させている右大臣を見て井宿はどこまで話すべきか考える。

 井宿と星宿が摩り替わっていることはここだけの話ではなく国自体の問題にも繋がることだ。

「井宿様、いつ七星士探しの旅からお戻りになられたのですか?そして陛下はどこへいかれたのですか?」

「………だ……」

 見えないところでだらだらと冷や汗が流れ落ちる。

「井宿様?」

 冷や汗は見えないところで流れているのだが動揺しているのは井宿の表情で一目瞭然である。

「……どう、されたのです?」

 旅の状況を星宿に知らせるために訪れたのならばこんなにも挙動不審になる必要はないはずである。

 井宿の七星士の能力は、術。というのを星宿に聞いたことがある。

 術者…というのは普通の人ができない不思議な力であって、なんでもありという認識さえある。

 右大臣は星宿が朱雀の巫女に恋心を抱いているのは知っている。

 当然、星宿の心中も分かっている。

「ま…まさか、井宿様…陛下は………」

 井宿の肩が大きく揺れる。

「朱雀の巫女様と旅に出られたのですか?」

「……………」

「井宿様っ!」

 今度こそ正真正銘の諦めのため息をつく。ここまで言われては嘘をつきとおすのは難しい。

 宮殿で星宿として生活するにあたって理解者がいると井宿としても楽である。

 ここ数日で分かったことだがばれた相手も悪くはない。星宿のことを親身になって考えてくれる人物だ。







 あの場で話合うのは外に言葉が漏れた場合のことを考えて井宿の術で人気のない場所へと移動した。

 初めて体験する術に自身に起こったことが信じられないのか仕事中に見る顔とはまったく別の顔を見せる。

 自分の体をペタペタと触ったりあたりをきょろきょろと見渡す様はまるで子供のようだった。

 しかしそんな彼も思い出したかのように突然仕事中に見せる、否それよりも深刻な顔をした。

「井宿様、一体どういうことか説明してもらえますかな」

 ズイっと怖い顔で迫られ一瞬井宿もたじろぐ。

「井宿様!」

 更にぐいっと迫れれる。

「実は…」

 井宿は右大臣に自分が今ここにいる訳。そして本来いるはずである皇帝星宿が今どこにいるか順に説明していく。

「井宿様…」

 神妙な顔で井宿の説明を聞いていた右大臣が口を開いたのは井宿の説明が終わってからだ。

「これが一体どういうことかお分かりですか!」

 怒号にも近い声色で井宿に迫りくる。

 もちろん井宿にも自分のしていることがどういうことか分かっている。

「これは宮殿だけの問題ではなく紅南国ひいては周辺諸国にも関わる問題ですぞ!」

 皇帝と話合ってといっても皇帝以外が政治をするなど大問題だ。

「もしも重大なミスを起こしたらどうするおつもりなのですか?事によったら国問題にもなりかねないのですぞ!」

 皇帝という立場上、いろいろな仕事がある。本当に小さなことから国を左右する大きなことまでも。

「いくら七星士である井宿様といえど、私以外他のものに知られたらどうされるおつもりだったのですか?人によったら民への信用にもかかわりますぞ!」

 紅南国皇帝は温厚でよい皇帝だと民の間でも有名だ。それが1人で替え玉を使い別のことをしていると知ったら民はどう思うだろう。

 それに大勢の人間がいる。宮廷の中にはこれを機とばかりに良からぬことをたくらむ者も1人や2人いるだろう。

「それは…」

 考えてはいないわけではなかったものの政務にこなすのに精一杯でほかの事に気を回す余裕がなかったのも事実である。

 年に比べれば大人びている井宿だが、60近い右大臣から若造も同然だ。

「星宿様と一緒になってやっとはいえ、確かに勝手に入れ替わったことは大変申し訳ないと思います…しかし、星宿様の辛そうな顔を見て、思わずっ!」

「井宿様はお優しい方だ。そして度胸の据わった方だ。これだけ言っても言い返してくるとは…」

「……だ?」

 突然変わった右大臣にポカンとする。

「いろいろと失礼をいたしました」

「いや、言われて当然のことですのだ」

「そして、ありがとうございます」

「……だっ!!」

 丁寧に頭をさげお礼を言われ戸惑う。怒られて当然な、怒られるですんでいる時点でおかしいくらいのことをしたのだから。

「いや……。頭を上げてください」

 言われ右大臣は頭を上げる。

「私は陛下が本当に幼いころから知っています。今まで普通の人が味あわないような苦労をたくさんしてきておいでです。そして今の陛下の心情も知っております」

 その言葉で井宿はハッとする。

「立場上、私は陛下がどのように辛くても冷静に民のために政務をこなされるよう導かねばなりませぬ。

以前お忍びで巫女様方と太一君の所へ赴かれたときも本当は引き止めなければなりませんでした」

「………」

「今回のことも井宿様には右大臣としてではなく私個人、遥承渓としてお礼を申し上げます」

 改めて、この人が星宿を大切に思っているのが分かる。おそらく右大臣だけでなくこんな風にたくさんの人に支えられて星宿はここまできたのだ。

 場違いだと思いながらも、1人旅をしていた井宿は少し星宿がうらやましく思う。

「しかし!井宿様っ!!陛下の身代わりをするのとはまた別問題ですぞ!」

 うっすらと涙を浮かべ自分へ頭を下げていた姿はどこへやら、突然仕事時の右大臣へと戻る。

「……は、はい」

 押されながら生返事をする。

「ではまず、井宿様!仕事に関しては我々でやれるところまではなんとかしますが、陛下がお戻りになられるまで身代わりをされるのですから振る舞いから覚えていただきましょうかっ!!」

「だっ……だだだっ」

 早速とばかりに腕をつかまれ宮殿へと連れて行かれる。

「だ……こ、このままで戻るわけには、いかないのだぁ~」

「おぉ、そうでした」

 井宿は星宿へと変身をする。やはり不思議なのだろう右大臣はしばらくじっと見ていた。

「さぁ、星宿様の部屋に術で戻るのだ」

 にっこりと井宿らしい笑顔の井宿を見て右大臣はにやりと笑う。

 それが何かその時は分からなかったがすぐに分かることになる。

「井宿様」

「はい?」

「覚悟なさってくださいね」

「………はぁ」

 6年間自由気ままとまではいかないまでもそれなりの旅をしていた井宿。

 突然かしこまった場所でそれらしい振る舞いを出来るものだろうか。最初に覚悟していたとはいえ、そういう目で見られると自信がなくなってくる。

 井宿はそれまでとは違う重いため息を吐くのだった。








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