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「井宿、勝負やっ!」
高々と宣言した男の見て井宿は心底いやそうに顔を歪めた。
そんな好戦的とはお世辞にも言えない井宿の反応は翼宿の納得のいくものだったようでニヤリと笑った。
最初に勝負を持ちかけたのは北甲国へ行く直前の僅かな休息時間。
今一つどころかまったく読めない井宿を仲間として理解したいという翼宿なりの降雨良いだったのが相手はどこ吹く風、自分とは勝負にならない。それよりもと別件の話を持ちかけられ話をそらされた。
二度目に持ちかけたのは朱雀を召喚して少したってからの事だった。
その時はタイミングも悪かった。井宿が厲閣山に訪れたのはテンコウの影響で魔物が異常に出現するようになった件についてだったようで勝負どころではなくなった。
が、やはり一度目と同じように拒否する気が満々だったようで「後で勝負」と言うと嫌そうな返事しか返ってこなかった。
三度目はテンコウを倒してふわりと厲閣山へ来た時だった。思えばこのころから少し断り方が変わってきた。
いつものようにのらりくらりと話をそらすのかと思えば敵前逃亡ともいえるくらい明らかに逃げたのだ。ドロンと。当然翼宿は納得できるわけがなく、今まで以上に火がついた。
それからは井宿が厲閣山に来るたびに井宿を逃がさぬよう、そして勝負を受けるようあの手この手を使った。
能力云々以前に「逃げる」ことは井宿の十八番。一度たりとも井宿が勝負を受け入れたことはなかった。
何度も試みて分かったのは、この男には正攻法は通じない。
それまで傍観していた有望な副頭は知恵を貸した。
「井宿はんが断れへん状況を作ることや」
「断れんって…それに失敗しとんやないか」
「そやから、弱みとか苦手な相手とか」
「弱みとか苦手な相手。そんなん言うたかて…」
半ば賭けだったが、井宿の顔を見る限りそれは成功のようだ。
「まさか、このためにオイラにここに連れてこさせたのだ?」
当然とばかりに頷く翼宿に井宿は頭が痛くなる思いだった。
いや実際に頭が痛い。
「君はここをなんだと思っているのだ?」
厲閣山と違いギャラリーは少ない。けれど、
「勝負?」
「井宿勝負!」
「翼宿と勝負するね!」
「どっちが勝つと思うね?」
キャーキャーとすでに賑わうギャラリーに、拒否権はないのだろうなとため息を吐く。
「君が太一君に頼みがあるから連れていけというから。いったい何かと思ったら…」
「なぁばば…太一君ええやろ?ここで井宿と勝負して」
思わずいつもの癖で禁句を言いそうになるが言い直す。
「だっ!なんでここなのだ?」
「俺らが能力使こうて勝負やしたら周りの被害がとか言うてお前拒否するやないか」
「だからと言ってここだったらいいと言うわけないのだ」
「そやから太一君に聞いとんやろ?な、かまへんやろ?」
二対の両極端の色を浮かべた太一君の顔を見る。
「まぁよいじゃろう」
「よっしゃああ!!!」
ガッツポーズをする翼宿にがっくりと肩を落とす井宿。そして見る気満々な娘娘たちもキャーキャー騒ぎだす。
納得してない井宿は何か言おうと太一君の顔を見るが、それが口から出ることはない。
ここでは主が了承する限り井宿の意見なんてほぼ通じないのだ。
「で、何の勝負をするのだ?象棋(中国版の将棋)?」
「は?」
「象棋(中国版の将棋)ならオイラ持ってるからすぐに勝負できるのだ」
ニコニコと読めない笑顔で意味不明なことを言い出す。
「アホか!男の勝負言うたら体対体や!」
「…翼宿、そんな趣味あるのだ?」
「ちゃうわ!」
心底以外そうに汚いものを見るように言われて、力の限り叫ぶ。
「じゃあ水泳?」
この男は意外と負けず嫌いなのだろう。それとも早く終わらせたいのか。翼宿の苦手なことばかり選んでくる。
「体を使っての勝負なのだ!」
「おまえなぁー。能力使こうての勝負て分かっとるやろ… お前も男なら一度決めた勝負から逃げんなや」
「はぁ。やっぱりそうなるのだ?」
「井宿!勝負するならあそこがいいね!」
「楽しみ楽しみ!」
「二人ともがんばるねー!」
こうして数年越しの井宿と翼宿の勝負の幕が切られたのだった。