忍者ブログ
プロフィール
HN:
ゆま
性別:
非公開
P R
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

術比べ

北甲国から西廊国へは砂漠を通るのが一番の道だ。 
 昼夜の温度差に見渡す限りの砂地獄。暑さと変わらぬ景色に気がおかしくなりそうになったころ街を見つけた。
 蜃気楼と疑うことすらなく、一行は街へと進んだ。
 大きな街ではないが、砂漠地帯にある街とは思えないほど賑わっており誰もが安堵した。
 疲れた…
 それまで誰もが口にすることの無かった言葉が漏れ、人目をはばからずその場に座り込んだ。
 たまたま話しかけた住民がよかったのかはたまた西廊国の国民性か、旅人だというと笑顔で宿の提供を申し出てくれた。
 井宿たちはありがたくその申し出を受け、貴重な水で体中についた砂を落とした。
「やっとさっぱりしたわぁ」
「ここなら、北甲国からそれほど離れていませんから鬼宿さんたちもすぐに追いつくことが出来ますね」
 用意してくれた寝台に座ると張宿は眠そうに眼をこすった。
「疲れただろう、少し休むといい」
 それほど遠くないとは言え砂漠を抜けて来たのだ疲れはたまっている。小さな体の張宿ならなおさらだろう。
 井宿と軫宿は荷物の確認をしている。恐らくこれから不足分を買い出しに行くのだろう。
「でも…」
「かまへんかまへん。こいつらに任せといたらええて」
 張宿の横ではすでに寝台で転がった翼宿。
「大丈夫なのだ。買い出しと言っても少しだから張宿は休むといいのだ」
 温かい笑顔に頷き張宿は横になった。
「軫宿のほうはどうなのだ?」
「いや、薬草は北甲国で補充したから今すぐというものはない大丈夫だ」
 そういい軫宿も大きな体を横にした。
「分かったのだ」
 
 
 街に出た井宿は驚いた。一歩街から外に出れば砂漠だというのに街は井宿の想像以上に賑わっていた。
 駆け回る子供たちに、威勢よく物を売る商人。
 紅南でも見慣れた光景だ。
「それにしても…」
 先ほど確認した荷物の中身。
「美朱が食べることを考えて食糧をそろえてはずなのだが…」
 鬼宿柳宿美朱、三人もいないというのに食糧は空に近かった。
 しかも砂漠という悪条件でそれほど食べれるとは思わないのだが。
 北甲を出て何日たった?
 一瞬そんな疑問が浮かんだが、考えすぎだと首を振った。
 食糧街へ行くと、その光景は紅南とは少し違っていた。
 砂漠の街だからか保存の効く食糧が多い。
 どちらかというと食の細い井宿だが旅人の性か珍しく興味が出た。
 問うと何をどう加工したのか、どうすれば腐りにくく携帯に向くようになるかなど商人は教えてくれた。
 仲間が休む家に帰ると翼宿に「買いすぎちゃうか?」と言われ驚いた。
 それは確かに地図に食糧にと旅に必要なものばかり。だが珍しさについ買ってしまったようだがその量の多さに井宿は首をかしげた。
 幸いというか買いすぎたものは主に食糧で、美朱が追いつくと彼女の胃袋に収まるだろうか問題はないだろうが。
 
 
 一晩どころか昼過ぎまでぐっすり眠った体は軽く、好奇心に任せて仲間たちは街へと出かけた。
 残った井宿は昨日買い出しの時に見つけた小さな泉に行った。
「鬼宿たちの気が探れないのだ…」
 仲間の気はいつでも見つけれるように気を張っていたというのに。
「やっぱりまだ疲れてるみたいなのだ」
 旅慣れたとはいえ、砂漠は知識で知っているのみだ。
「後で軫宿に薬湯を作ってもらうのだ」
 そう結論づけると、ぼんやりと静かな泉を眺め釣竿を取り出した。
 どれくらい時間が経ったか、ここに来た目的を思い出したのは日が傾き始めたときだった。
「星宿様に連絡しなければいけないのだ!」
 慌てて鏡を取り出し術を唱えて焦った。
 通信が出来ない。
 何故!?
 焦る心を抑え、もう一度深呼吸して。
 けれど何度やっても同じで…術が使えない。
「妨害されている!?」
 試に美朱と鬼宿の気と近くにいる仲間たちの気を探る。なんとか翼宿たちの気は掴むことが出来たが鬼宿たちの気はつかめない。
 いつから妨害されてる?
 振り返るが心当たりすらない。
 何者かの結界内に入ったとすればそこから抜け出すことが先決。
 だがどこから?どうやって?
 結界がどこにあるのかすら分からない。
「翼宿たちが心配なのだ」
 駆け出した。けれどそれほど走らぬうちに足が止まった。
旅慣れた井宿は翼宿や鬼宿ほどではないが体力にはそこそこ自信がある。
けれど何日もろくな休息も取らず歩き通しだった時のように体がだるく足取りも重い。
「でも、翼宿たちならきっと大丈夫なのだ」
 とりあえず仲間たちの様子を見て星宿様に報告しよう。矛盾した自分の行動に井宿は気づいていなかった。
 
 
 
「ククク…さすがに朱雀七星士とはいえ、砂漠を何日も歩き通し今なお炎天下の砂の上。堪えるでしょうね。それにしてもあの朱雀七星士にはどうやら耐性か何かあるのでしょうか?けれど」
 体力を吸い取るこの炎天下ではそのうちこの幻影にはまるでしょう。
 なんにせよ、ここで朱雀七星士を衰弱させるのが役目だ。問題はないだろうと氏宿は貝を閉じた。



PR

術比べ 井宿と翼宿

「井宿、勝負やっ!」

 高々と宣言した男の見て井宿は心底いやそうに顔を歪めた。

 そんな好戦的とはお世辞にも言えない井宿の反応は翼宿の納得のいくものだったようでニヤリと笑った。





 最初に勝負を持ちかけたのは北甲国へ行く直前の僅かな休息時間。

 今一つどころかまったく読めない井宿を仲間として理解したいという翼宿なりの降雨良いだったのが相手はどこ吹く風、自分とは勝負にならない。それよりもと別件の話を持ちかけられ話をそらされた。

 二度目に持ちかけたのは朱雀を召喚して少したってからの事だった。

 その時はタイミングも悪かった。井宿が厲閣山に訪れたのはテンコウの影響で魔物が異常に出現するようになった件についてだったようで勝負どころではなくなった。

 が、やはり一度目と同じように拒否する気が満々だったようで「後で勝負」と言うと嫌そうな返事しか返ってこなかった。

 三度目はテンコウを倒してふわりと厲閣山へ来た時だった。思えばこのころから少し断り方が変わってきた。

 いつものようにのらりくらりと話をそらすのかと思えば敵前逃亡ともいえるくらい明らかに逃げたのだ。ドロンと。当然翼宿は納得できるわけがなく、今まで以上に火がついた。

 それからは井宿が厲閣山に来るたびに井宿を逃がさぬよう、そして勝負を受けるようあの手この手を使った。

 能力云々以前に「逃げる」ことは井宿の十八番。一度たりとも井宿が勝負を受け入れたことはなかった。

 何度も試みて分かったのは、この男には正攻法は通じない。

 それまで傍観していた有望な副頭は知恵を貸した。

「井宿はんが断れへん状況を作ることや」

「断れんって…それに失敗しとんやないか」

「そやから、弱みとか苦手な相手とか」

「弱みとか苦手な相手。そんなん言うたかて…」

 半ば賭けだったが、井宿の顔を見る限りそれは成功のようだ。

「まさか、このためにオイラにここに連れてこさせたのだ?」

 当然とばかりに頷く翼宿に井宿は頭が痛くなる思いだった。

 いや実際に頭が痛い。

「君はここをなんだと思っているのだ?」

 厲閣山と違いギャラリーは少ない。けれど、

「勝負?」

「井宿勝負!」

「翼宿と勝負するね!」

「どっちが勝つと思うね?」

 キャーキャーとすでに賑わうギャラリーに、拒否権はないのだろうなとため息を吐く。

「君が太一君に頼みがあるから連れていけというから。いったい何かと思ったら…」

「なぁばば…太一君ええやろ?ここで井宿と勝負して」

 思わずいつもの癖で禁句を言いそうになるが言い直す。

「だっ!なんでここなのだ?」

「俺らが能力使こうて勝負やしたら周りの被害がとか言うてお前拒否するやないか」

「だからと言ってここだったらいいと言うわけないのだ」

「そやから太一君に聞いとんやろ?な、かまへんやろ?」

 二対の両極端の色を浮かべた太一君の顔を見る。

「まぁよいじゃろう」

「よっしゃああ!!!」

 ガッツポーズをする翼宿にがっくりと肩を落とす井宿。そして見る気満々な娘娘たちもキャーキャー騒ぎだす。

 納得してない井宿は何か言おうと太一君の顔を見るが、それが口から出ることはない。

 ここでは主が了承する限り井宿の意見なんてほぼ通じないのだ。

「で、何の勝負をするのだ?象棋()(中国版の将棋)?」

「は?」

「象棋()(中国版の将棋)ならオイラ持ってるからすぐに勝負できるのだ」

 ニコニコと読めない笑顔で意味不明なことを言い出す。

「アホか!男の勝負言うたら体対体や!」


「…翼宿、そんな趣味あるのだ?」

「ちゃうわ!」

 心底以外そうに汚いものを見るように言われて、力の限り叫ぶ。

「じゃあ水泳?」

 この男は意外と負けず嫌いなのだろう。それとも早く終わらせたいのか。翼宿の苦手なことばかり選んでくる。

「体を使っての勝負なのだ!」

「おまえなぁー。能力使こうての勝負て分かっとるやろ… お前も男なら一度決めた勝負から逃げんなや」

「はぁ。やっぱりそうなるのだ?」

「井宿!勝負するならあそこがいいね!」

「楽しみ楽しみ!」

「二人ともがんばるねー!」

 こうして数年越しの井宿と翼宿の勝負の幕が切られたのだった。



 

てんぺん

花が咲き乱れ、小鳥たちの歌声。小川がさらさらと流れる様に井宿は目を細めた。
「変わらないのだ、ここは」
 温暖な紅南とはいえ季節はあるし、寒暖の差もある。しかし天に近い大極山は朝も昼も夜もなく常に心地よい。
 初めてここへ訪れたときはずいぶんと戸惑ったものだ。
 時間の感覚がないこの地では空腹も睡魔も自分の感覚がすべてだというのに、すべてを失った直後の井宿には人間が必ず持っている欲求ですら感じることが出来なかった。
 当の本人である井宿は感じないまま己の体に素直に従ったが周り(主に娘娘)が焦った。
 ほっておいたら不眠不休のまま、与えられた修行をこなそうとするのだ。止めようとしても不本意のまま修行する井宿には「やれ」と言ったり「やるな」と言われたりで意味がさっぱり分からない。
 あの頃は本当に狂っていたのだ。
 数珠に錫杖と少しの食糧を持って与えられた場所へと向かった。


 妖魔が多いと気づいたのはずいぶん前。
 最初こそは朱雀青龍を召喚し、四神のバランスが崩れ一時的に結界が緩んだのだと思った。
 復興の手伝いをしながら見つかる限り結界の修復をしたが、それでも妖魔が多すぎると思い始め紅南だけではなく他国へも足を運んだが結果は同じだった。
 大元を探すため訪れた大極山で思わぬ再会を果たした。
「井宿さん、あの木…」
 張宿が指さした先を見て井宿は苦笑した。
 天を目指すかのようにまっすぐに伸びた木々の中で数本まるで抉れたように一部分がかけていた。
 それは何かの見本のような完璧な形をする大極山とはあまりに不釣り合いだ。
 珍しくくすくすと楽しそうに笑う井宿に首をかしげる張宿の耳に聞こえたのはあの木と同じく井宿の表情にはふさわしくない言葉だった。
「あれは、オイラがぶつかった痕なのだ」
「え!? 井宿さんが?」
 思わず井宿の顔を二度見して再び視線を木に戻す。
 人一人分が楽々と通り抜けられるほどの大きく抉れた木。
「だ、大丈夫ですか井宿さん!」
 服を勢いよくつかみまるで今あの木にぶつかったかのように慌てる張宿に優しく声をかける。
「随分前の話だし、娘娘が治してくれたのだ」
 それを聞いて張宿はあ。と思う。
「井宿さんは大極山で修行されたんですよね」
 返事の代わりに笑顔を返された。決して大柄なわけでもなく、どちらかと言えば細身の井宿の背が大きく感じる。
 すごい…
 七星の能力を高めるなんて、名乗り出るまでいや名乗り出た後も考えたことなかった。
 四神の伝説はもちろん他国の情勢兵法、可能な限りの情報は入手しどうすれば紅南のためになるかとなんどとなく思案した。
 結果的にそれは国や仲間のためになれたのだと思うがけれど、動機は自分自身の好奇心だ。
「すごいです。井宿さん」
 本当の勇気、本当の自分を知り、強くなれたはずの自分が劣等感に追われた昔の自分に戻るのが分かったが一度こうなればなかなか止めれない。
「すごくはないのだ。必要に迫られただけなのだ。それに張宿の年の頃に七星の役を求められてもただの役立たずだったのだ」
 張宿こそすごいのだ。
 本当に仲間の言葉は温かい。
「もっといえば、あの木の痕は修行ではないのだ」
「え?」
「娘娘の遊びに付き合ってただけなのだ」
「遊び、ですかっ?」
 遊び?何を?どうすれば?と疑問ばかりが浮かぶが目的地に着いたと言われ頭を切り替える。
 あの木ほどではないが大極山の雰囲気とはまた違う、素朴なまるでその空間だけ地上の一部部分と思えるような小さな小さな小屋。
 取っ手に手を変えようとした手が一瞬止まる。
「どうかしましたか?」
「いや。なんでもないのだ」
 扉の向こうは、外観のイメージとも井宿のイメージとも違っていて驚く。
 整頓という言葉はどこに失われたのか。飄々をした井宿から見え隠れする星宿に対する態度とか食事の時の作法の質の良さは無縁だ。
 ちらりと井宿の顔を覗くと井宿自身も唖然と顔を引きつらしている。だがそれも一瞬だった。
 小屋へ入り少しの間わさわさと漁った後、一冊の書物を張宿に手渡した。
「あ!これです!ありがとうございます!読んでみたかったんです」
 何度も何度も頭を下げ宮殿に戻る張宿を背を井宿は見えなくなるまで見送った。
「まさか、ここに人を呼ぶことがあるとは思わなかったのだ」
 修行時代にほぼ寝るためだけに帰ってきていた小屋。
 娘娘や太一君が強制的にここへ連れてきたことは何度となくあったが人間は始めてだ。
 何もかもが不変だと思っていた地で変わるものを見つけるとは。
 修行を終えた後も特に親しい人を作ることもなかったし、その必要性も感じなかった。けれど。
「変わったのはオイラで、変えたのは仲間(みんな)なのだ」
 不思議な気持ちで小屋へと振り返ると待っていたのは現実。
「まずはここを整理しないといけないのだ」
 修行を終え大極山を下りた井宿だが、使ってはいけないとは言われていないので勝手に物置場として術を使ってここへ物を送っていたがここまで乱雑になっているとは思わなかった。
「なんとかしないと、戻ったら怒られるのだ」
 そういう井宿の顔が笑顔なのはお面のせいだけではなかった。

終わり

天帝

天に住まうものは地上に干渉することは否に等しい。
 そんな天帝が数十年に一度の例外を作ったのは運命に翻弄され生きる意志を見失った朱雀の証を持つ男。
 けれどそのような運命を持つ人間など掃いて捨てるほどいる。
 人間に手を貸す理由となったのは今は東に居を構えた魔人と朱雀と対局となるであろう青龍七星士とその能力。
 魔人と青龍七星士が手を組み思いのまま力を使えば四正国は滅びるだろう。
 それは天帝の意ではない。
 とはいえ気まぐれ程度に拾った人間の扱いなど天帝に分かるわけもない。
 先に述べたように拾った男は生きる意志すら見失っているのだ。このままでは朱雀の任どころか与えられた能力を使い死を望もうとする。
 それでは魔人と青龍七星の存在の事情もそうだが、なにより拾った天帝自身がおもしろくない。
 だが、天帝として敬うどころかこちらの言葉を耳にいれることもせず一人の殻にこもる人間に対し最初こそは自ら相手をしていたがいい加減面倒になり好きなようにさせた。
 ワンワンギャーギャーとまるで脅える子犬のように吠えることしか知らない人間は娘娘はいたく気に入ったようでちょっかい出しては反応を見て楽しんでいる。
 それがしばらく続くと何に対しても無反応だった人間が徐々に口を開き始めた。
 まったくもっておもしろくない。
 ただでさえ人当りがよいとはお世辞にもいえない顔が隠そうともせず不機嫌を現す。
「太一君、砂かけばばぁね!」
「太一君の顔治したいね」
「修理ね」
 あーしてこーしてと娘娘たちで新しい顔の相談すら始める始末。
 側で眺めていた人間は眉間にしわを寄せ戸惑うばかり。
 すぐに飛んでくる怒号がないのをいいことに娘娘たちの話し合いは止まらない。
 娘娘たちの目が光り人間見て、笑った。瞬間、人間の顔がポンと音を立てた。
「なっ!」
 早速巻き込まれた愉快な被害者。
 顔をまるで福笑いをしたかのように強制的に表情を変えケラケラと娘娘たちが笑う。
 術がかけられたと本能で理解したのか娘娘たちのからかいよりも大慌て。身振り手振りでどうにかしようとするが、術がその程度で解けるわけもないと嘆息する。
「なんじゃその程度の初歩の術、解くどころか漠然と感じることしか出来ぬのか」
「じゅつ?」
 人間からまともな反応が返ってきたよりも呆れのほうが大きい。
 朱雀に能力を与えられ術者の才を持つ人間が、術が身近な生活なしているにも関わらず何も知らないとは。
「ちちり、今娘娘と遊ぶのに忙しいね!」
「楽しいね!」
「いっぱいいっぱい遊んでるね」
 術がかかっているにも関わらず人間の顔が大きくゆがんだ。
 いったいどういう遊びをしているのやら。
「いや、あれは…」
「鬼ごっこするね!ちちり!」
 逃げようとしたところで、娘娘たちにはあっさり確保される。
「娘娘たち鬼で、ちちり逃げる役!」
「決まり決まり」
「わーい!」
 がっしりと手を掴まれずるずると引きずられる人間を見てほぅと感嘆の声を上げた。
 娘娘たちの術を自力で解いているではないか。
 鬼の姿に変身した娘娘たちが術で攻撃しながら追いかけるのを必死に逃げる人間の姿が視界に入る。
 あの様子では意識して能力を使うのはまだまだ先だなと頭の隅で思いその場から姿を消した。
 人間とはよく分からぬ生き物。
 わざわざ手を貸し、口を出し、と何かを与えようとすると反発し拒否をするくせに、手を放した途端自力で得ている。
 口数は少なく積極性にも欠けるが少なくとも最小限程度の意思を娘娘に伝えるようにはなっていたようである。
 実に不可解である。
「しばらくこのまま娘娘に任せてみるとしよう」
 身の回りも静かになるし一石二鳥だ。

井宿と太一君 サンタ2016 むおんさんへ

一人扉の向こうに残った巫女。
 誰一人先に部屋へ戻ろうとはせず扉の外で巫女を待つ。
 新たな仲間の張宿の自己紹介がひと段落しはずんでいた話題も底をついてくれると自然と時間の経過を感じる。
「しっかし、なげーな」
 一人そわそわと何度も扉をちらちらと見る鬼宿は呻く。
「ケチケチせんと美朱だけやのうて全員に聞かせたらええやないか」
 気の短い翼宿が同意を示す。
「巫女には巫女なりの使命があるのやもしれぬ。力になれぬことは悔やまれるが我々にはやるべきことがある。それを考えねばならぬ」
 北甲国へ向かう手段を考えているのだろう。端正な顔には思案の様子がうつる。
「まぁ。太一君が何してるのか分かんないけど、美朱落ち込んでいるだろうから励ましてやらなきゃね!」
 仲間だと思っていた亢宿の死は誰もに衝撃を与えた。
「あの子、その場にいたんだから」
 死んで当然とまで言った翼宿でさえこの話題になると途端に口数が減る。
 下を向いてしまった張宿の肩に大きな手が優しく添えられる。
「お前のせいではない」
「しかし!」
「そうなのだ。張宿のせいじゃないのだ」
 珍しくいつもの笑顔を少し歪めて黙っていた井宿が口をはさむ。
「オイラ達は認識を改めなくてはいけないのだ。敵と戦うということはどういうことかを」
 誰もがその覚悟が出来ていなかった結果でもあるのだこれは。
「そんな言い方!」
 短い間だが仲間として亢宿を敵だから諦めろと言っているのと同意だ。
 当然ながらそれはそれまでごく普通の暮らしをしていた簡単に受け入れられるものではない。
「いや井宿の言うとおりだ。甘かったのだ、我々が」
「星宿様…」
 倶東と紅南の現状の違いは噂程度でしか知られていないし平和な紅南国の人間には漠然と想像することしか出来ない。あまりにも環境が違いすぎるのだ。亢宿が何を背負って「張宿」と名乗ったかなどは想像もつかない。
 小さなこぶしを握り締め涙をこらえんばかりの張宿に井宿は目線を合わせるようにしゃがむ。
「張宿。決して君のせいではない。誰のせいでもないのだ。それでももし責を問うなら君ではなく彼と共にいたオイラ達の方が責を負うべきなのだ。だから君が気に病む必要はないのだ」
 頭をくしゃりと撫で狐顔で微笑むと立ち上がり少し離れた所で手すりにもたれかかり数珠を手に取って眺めた。
 そんな井宿に反論した柳宿でさえ何も言えなかった。
「美朱大丈夫かしら?」
 太一君と二人で廟の中で何を話しているのやら。自然と朱雀廟の扉に目が行った時ガタンと音を立て扉が開いた。
  太一君に何を言われたのやら、顔色の優れない美朱を伴い自室へと戻る仲間たちの背を見送った井宿は美朱が今まで入っていた朱雀廟へと踏み入れた。


 先程出たばかりの朱雀廟だ。なんら変わりはない。燃え盛る炎に太一君がいない事以外は。
 数珠に指をかけ周りの気を探り、手を放すと共に小さく溜息を吐く。
「太一君、居るのでしょう?」
 何度か呼びかけると井宿の数メートル前に太一君が突如現れる。
 想定の範囲内、いやむしろ違う意味で想定外の井宿は驚くことはない。
 ドアップでなくてよかったのだ…
「何用じゃ?」
 気怠そうに答える太一君に井宿は頭が痛む思いだ。
「何って太一君が呼んだのだ…」
「おぬしなんか呼んでおらぬわ」
 井宿の言い方に気を悪くしたのかそれともドアップ云々の心の声が読まれたのかぷいっと顔をそむける。
 2度目の溜息を吐き、ゆっくり口を開く。
「この数珠…見た目は変化したように見えるのだが、巧妙に幻術がかけらえれているだけなのだ」
 その言葉に太一君の目が光る。
「巧妙じゃと?…フン、そんなもんただの幻術じゃ」
「その、ただの幻術をオイラの数珠にだけかける理由を聞きたいのだ」
「お前…朱雀廟にいたときは気づいておらんかったじゃろう」
 太一君に真正面から意見を言っていた一瞬井宿の目が泳いだ。
「まぁ気づいただけでよしとしようかのぅ」
 ホッと息を吐いたのもの束の間。
「じゃが、幻術がかかっておると知りながら何故そのままにしておる?わしの術じゃからか?それとも幻術は専門外とでもいうのか?敵の策略に嵌り朱雀を召喚することが出来なかったおぬしがか?甘いと考えを改えよとよく言えたものよのぅ」
 毒という名の事実を投げかける太一君の言葉に拳を握りしめる。
「た、確かに…」
 少し間を取り腹から声を出す。
 太一君に言い負かされ数日は立ち直れなかった過去を思い出し言葉を選ぶ。
 怒っているわけではないはずだ。ならば自ら解決する言葉を待っているのだ太一君は。
 大体今この状況で自分を再起不能にする必要はないはずだ。
「確かに、幻術を解かなかったが褒美と言ってみんなに渡した贈り物に幻術がかかっていたのはオイラだけなのだ」
 一応確認したしみんなの様子を見る限り確実だと思う。
「太一君の術経由で他者が…青龍七星士が何かを仕掛けてくるとは思わないし、例えそうだとしてもその中でも唯一ともいえる術者であるオイラに術をかけるとは思わない、むしろそれオイラにだけ気づかせるため…つまり太一君がオイラを呼んだということなのだ」
「ほう?言いたい事はそれだけかの?」
 首を振る。
「術を解かなかったのは、太一君からの呼び出しなら解く必要はないのだ。何よりもあの場で突然オイラが術なんて使えば何事かと思うのだ。ただでさえ落ち込んでいるのに」
 そうだろうとばかりにニコリと笑う井宿に太一君がフンと鼻を鳴らす。
「物は言いようじゃのぅ。わしとしてはその幻術を解くのにどれくらい時間を要するか、見物であったんじゃがのぅ」
 意地悪い笑いに慌てて数珠に二本指を立てる。
「だっ…太一君これっ」
 太一君の仕業だと確信してから後回しにしていたが、とてもこの術は自力で解けるとは思えない。
「娘娘がおもしろがってかけた術じゃからのぅ」
「だっ!」
「「井宿一生懸命頑張れば解けるね!」とかなんとか言っておったが」
 娘娘の言う「一生懸命」って…考えるだけで頭が痛む。
 にやにやと笑う太一君。共犯としか思えない。
 さてどうするかと考え始めたところで頭をふるう。
「ところで美朱と何の話をしましたのだ?」
 突然の話題変更におやと目を見張るがそれも一瞬のこと。
「そんなもん巫女の心得を確認したまでのことじゃ」
「巫女の心得、ですのだ?」
 今頃何を?
 一度体調崩し太一君を頼り大極山を訪れたという。その時のことを詳しくは聞いていないがただでこの大極山へ入れるとは思えない。
  首を傾げる井宿に太一君はにやりと不気味に笑う。
「お前には無縁の世界じゃろうがなぁ」
「だあ?」
 素っ頓狂な声が上がる。尚更意味が分からない。
 「そのような娘だからこそ朱雀神は求めるのじゃろうな。じゃが召喚となれば話は別じゃ」
 美朱にあって自分にない、朱雀の求めるもの。そしてそれは召喚には不向きな。
「一体何を…」
 何故心得の話から自分に結びつくのだろう?
 朱雀の象徴は愛…とそこまで考え頬が赤くなった。
「なっ」
 そんな美朱はまだ子供だそんな事は…と思うがあの二人ならと、考えれば考えるほど頬が熱くなるのを感じる。
「何をそんなに動揺する必要がある。お前自身房中術は学んだじゃろう」
「だ!そ、それは術で一つであって」
「基本的にやることは同じじゃろう。それにそれは人として自然なことではないのか?」
 問われた井宿は言葉に詰まる。
「お、オイラに聞かれても…」
「フン、お前には聞いても無駄なのは分かっておるわ」
 動揺も一蹴され解放されるが、されたらされたでどこかも飲みきれないものが残るが。
「お前も言ったように美朱はまだ子供じゃ。まだまだ若造とはいえお前も年長者じゃ。巫女のためにやれることは能力だけではあるまい」
 内容よりもその声音に息を飲んだ。
 思わずそらしそうになる視線を無理やり合わすと胸に刺さるような強い眼光と合う。
 そして確信する。
 これが太一君がオイラを呼んだ理由だ。
 何が言いたい?
 年長者である自分はまだ子供である美朱を支えろ。
 そんな簡単な内容ではない。その裏にある言葉は?
 朱雀の炎がゆらりと揺れ炎の中に浮かび用事を終えた太一君は徐々に薄れゆく。
「た、太一君!」
 思わず叫んだ。
 呼び止めたはいいがどう聞けば…
 胸元で握った拳が数珠にあたり小さな音を立てて気づく。
「数珠」
 そうだ、数珠の問題が結局は解決していない。
 だが太一君には解決事項だ。一度決定したことを覆すのは容易ではない。
 何を言うべきなのか。
 そう太一君は何をするべきか。それを問うているのだ。ならば
「術にかかった幻術を解いてほしい、オイラにも数珠を」
 能力だけではないと太一君は言ったのだ。
 自分以外が出来るのなら略する作業だ。
 大体娘娘の遊びに付き合っている暇はない。…考えるだけで体が重く沈み小さく震える。
 想像の中なのに肩を落とした井宿に向かって珍しく嫌味のない笑みを浮かべる。
 意味が分からず訝しんでいると首にかけていた数珠が光り出しはじけた。
「だー」
 偽物ではない新しい数珠に思わず感嘆の声を上げた。
「お前は巫女を仲間を支えようとしておる。じゃがお前もその仲間の一人じゃ。もう一度言う。それは本来持つ力を更に高める効果がある。使い方をよく考えるんじゃな」
 一人残され、バチバチと炎が燃える音が響いた。



***


 自分の担当すべき役割を終え北甲国への出発までの時間、久々に羽を伸ばす。
「釣りなんて、すごく久しぶりな気がするのだ」
 井宿の名乗り出るまでは気が向けば釣りをしていた気がする。
 それほど前ではないというのに。
 十分に休息もとったからか常に付きまとっていた気怠さもない。
「思えばずっと術を使いっぱなしだったのだ。太一君はこれを言いたかったのかもしれないのだ」
 太一君は本当のことを言わない。いや言うのだが迷路のような曲がりくねっていて真意がまったく見えない。
「だからみんなと同じように数珠をくれなかった」
 一人旅じゃないんだから一人で全て負う必要ない。
 実際かなり疲れていたのだ。儀式の時。
 だから亢宿にも気づかなかった。
「余裕がなかったのだ」
 太一君がくれた数珠を握り締める。
 力のこもった玉で作られたそれは以前のものとは明らかに別物だ。
 ほんの少し気を込めるだけで腹の底からうねりを上げるのを感じる。
 本来の力を高める。つまりは気を高める。しかしどんなに優れた道具でも
「扱うのはオイラなのだ。しっかりしないといけないのだ!」
 半端な精神は身を滅ぼす。身を持っている知っているはずなのに。
 そしてもう一つ、太一君が言いたかったことは。
 宮殿の奥、誰も人の通らないそこは陛下の私室。そこからこちらへまっすぐ向かってくる気配が一つ。
「ここ、魚いたっけ?」
 美朱が元気のない理由はおそらく太一君に言われた巫女の心得の話。彼女なりにどう受け止め解釈したか。
 そんな彼女に年長者として出来ることは?



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
サンタタグ参加ありがとうございます。むおんさん。

クリスマス→贈り物+太一君で太一君からの贈り物。
ということで儀式でもらった数珠の話です。
もちろん原作にはそういう素振り一切ないのでこじつけ感満載な話ですけど。


忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne