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てんぺん

花が咲き乱れ、小鳥たちの歌声。小川がさらさらと流れる様に井宿は目を細めた。
「変わらないのだ、ここは」
 温暖な紅南とはいえ季節はあるし、寒暖の差もある。しかし天に近い大極山は朝も昼も夜もなく常に心地よい。
 初めてここへ訪れたときはずいぶんと戸惑ったものだ。
 時間の感覚がないこの地では空腹も睡魔も自分の感覚がすべてだというのに、すべてを失った直後の井宿には人間が必ず持っている欲求ですら感じることが出来なかった。
 当の本人である井宿は感じないまま己の体に素直に従ったが周り(主に娘娘)が焦った。
 ほっておいたら不眠不休のまま、与えられた修行をこなそうとするのだ。止めようとしても不本意のまま修行する井宿には「やれ」と言ったり「やるな」と言われたりで意味がさっぱり分からない。
 あの頃は本当に狂っていたのだ。
 数珠に錫杖と少しの食糧を持って与えられた場所へと向かった。


 妖魔が多いと気づいたのはずいぶん前。
 最初こそは朱雀青龍を召喚し、四神のバランスが崩れ一時的に結界が緩んだのだと思った。
 復興の手伝いをしながら見つかる限り結界の修復をしたが、それでも妖魔が多すぎると思い始め紅南だけではなく他国へも足を運んだが結果は同じだった。
 大元を探すため訪れた大極山で思わぬ再会を果たした。
「井宿さん、あの木…」
 張宿が指さした先を見て井宿は苦笑した。
 天を目指すかのようにまっすぐに伸びた木々の中で数本まるで抉れたように一部分がかけていた。
 それは何かの見本のような完璧な形をする大極山とはあまりに不釣り合いだ。
 珍しくくすくすと楽しそうに笑う井宿に首をかしげる張宿の耳に聞こえたのはあの木と同じく井宿の表情にはふさわしくない言葉だった。
「あれは、オイラがぶつかった痕なのだ」
「え!? 井宿さんが?」
 思わず井宿の顔を二度見して再び視線を木に戻す。
 人一人分が楽々と通り抜けられるほどの大きく抉れた木。
「だ、大丈夫ですか井宿さん!」
 服を勢いよくつかみまるで今あの木にぶつかったかのように慌てる張宿に優しく声をかける。
「随分前の話だし、娘娘が治してくれたのだ」
 それを聞いて張宿はあ。と思う。
「井宿さんは大極山で修行されたんですよね」
 返事の代わりに笑顔を返された。決して大柄なわけでもなく、どちらかと言えば細身の井宿の背が大きく感じる。
 すごい…
 七星の能力を高めるなんて、名乗り出るまでいや名乗り出た後も考えたことなかった。
 四神の伝説はもちろん他国の情勢兵法、可能な限りの情報は入手しどうすれば紅南のためになるかとなんどとなく思案した。
 結果的にそれは国や仲間のためになれたのだと思うがけれど、動機は自分自身の好奇心だ。
「すごいです。井宿さん」
 本当の勇気、本当の自分を知り、強くなれたはずの自分が劣等感に追われた昔の自分に戻るのが分かったが一度こうなればなかなか止めれない。
「すごくはないのだ。必要に迫られただけなのだ。それに張宿の年の頃に七星の役を求められてもただの役立たずだったのだ」
 張宿こそすごいのだ。
 本当に仲間の言葉は温かい。
「もっといえば、あの木の痕は修行ではないのだ」
「え?」
「娘娘の遊びに付き合ってただけなのだ」
「遊び、ですかっ?」
 遊び?何を?どうすれば?と疑問ばかりが浮かぶが目的地に着いたと言われ頭を切り替える。
 あの木ほどではないが大極山の雰囲気とはまた違う、素朴なまるでその空間だけ地上の一部部分と思えるような小さな小さな小屋。
 取っ手に手を変えようとした手が一瞬止まる。
「どうかしましたか?」
「いや。なんでもないのだ」
 扉の向こうは、外観のイメージとも井宿のイメージとも違っていて驚く。
 整頓という言葉はどこに失われたのか。飄々をした井宿から見え隠れする星宿に対する態度とか食事の時の作法の質の良さは無縁だ。
 ちらりと井宿の顔を覗くと井宿自身も唖然と顔を引きつらしている。だがそれも一瞬だった。
 小屋へ入り少しの間わさわさと漁った後、一冊の書物を張宿に手渡した。
「あ!これです!ありがとうございます!読んでみたかったんです」
 何度も何度も頭を下げ宮殿に戻る張宿を背を井宿は見えなくなるまで見送った。
「まさか、ここに人を呼ぶことがあるとは思わなかったのだ」
 修行時代にほぼ寝るためだけに帰ってきていた小屋。
 娘娘や太一君が強制的にここへ連れてきたことは何度となくあったが人間は始めてだ。
 何もかもが不変だと思っていた地で変わるものを見つけるとは。
 修行を終えた後も特に親しい人を作ることもなかったし、その必要性も感じなかった。けれど。
「変わったのはオイラで、変えたのは仲間(みんな)なのだ」
 不思議な気持ちで小屋へと振り返ると待っていたのは現実。
「まずはここを整理しないといけないのだ」
 修行を終え大極山を下りた井宿だが、使ってはいけないとは言われていないので勝手に物置場として術を使ってここへ物を送っていたがここまで乱雑になっているとは思わなかった。
「なんとかしないと、戻ったら怒られるのだ」
 そういう井宿の顔が笑顔なのはお面のせいだけではなかった。

終わり
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