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シン





 突如出てきた宙に浮く傘。

 そこからニョキニョキと脚、体、頭と出て人の形を成す。

 その奇妙な光景に驚くものは誰一人いない。その姿を見てわらわらと同じ姿をした幼子たちがわらわらと近寄ってくる。

 嬉しそうに次々と声をかける幼子たちに小さく「久しぶりなのだ」と傘から出た男は答えただけでこの地の主の元へと歩く。

「お久しぶりですのだ、太一君」

「面倒事を持ってきおって」

 ふぅとため息をつきながらもどこか楽しそうににやりと笑う師に苦笑してここに来た目的を話す。

「美朱と鬼宿は?」

「治療したね!」

「治療したね!」

「大丈夫ね!」

「治ったね!」

「治ったね!」

「えーい!やかましい!!!」

 太一君が手をポンとたたくと娘娘たちは玉に姿を変える。いつもの光景に井宿も今更驚くことはない。

「美朱と鬼宿は治療が終わり今は眠っておる。じきに目覚めるじゃろう」

「ありがとうございますなのだ」

「なんじゃ、辛気臭い顔をしておるのう」

「久しぶりに本気で術を使ったので少し疲れただけですのだ」

「フン…やれやれこの程度でバテておっては先が思いやられるのう」

 その言葉に一瞬井宿は眉をひそめ僅かに太一君から視線をそらす。

「まぁよい。美朱たちが目を覚ますまでお主も少し休むがよい」

「…はい」








※※※









 ふぅ。とため息をして座り込む。

 体に少しだるさが残る。だが経験上これくらいならすぐに回復するだろう。

 しかし体の疲れよりも井宿の心に重くのしかかるものがあった。

 青龍七星士心宿という男…

 どのような七星士がいるかは検討もつかないが倶東国将軍という立場に青龍の巫女への接し方、どうやら心宿が中心人物と見て恐らく間違いはないだろう。

 気乗りしないあの娘を巫女へと担ぎ上げていた。

「あの二人…」

 昔から倶東国は紅南国を欲している。

 現在は条約により表立った動きはないが、裏では…引き金さえあれば倶東国は紅南国へ攻め入ってもおかしくないというのが現状だ。

 国力は火を見るより明らかで、紅南国に勝ち目などないだろう。

 弱小の紅南国にできるのは一刻も早く朱雀を呼び出すこと。

 朱雀と青龍の巫女が同時に現れるということは下手をすれば戦争にすらなりえる。

 そして、そして朱雀の巫女と青龍の巫女は友達同士だという。

「…っ!」

 こみ上げるものを押し込むように頭を振る。

 だが頭は井宿の意思とは別に考えることをやめようとはしない。

 紅南を欲している倶東は朱雀の巫女は何よりの邪魔だ。だとしたらあの二人は、友達同士のあの二人は望まぬ争いに巻き込まれる。

 対峙した青龍七星士の心宿は美朱の友達という関係すら利用しようするような冷酷な男だった。

 美朱を信じる。そう言った彼女は目に見えない傷を負っているかのように痛々しく心宿の口車に乗っただけとは思えない彼女の行動。

 信じたくて、信じたくて、でも一度憎んでしまった気持ちは抑えることができない。

 何があったかは知らないが、同調したかのように井宿には彼女の気持ちが聞こえた気がした。

 ああ。あの時の自分と同じではないか。

 知らずに握りしめたこぶしはじっとりと汗ばんでいた。

 脳裏に浮かぶのは親友が自分に助けを求めたあの瞬間。

「芳准、助け…」

 繋いだ手はあっけなく長年築いた絆と共に離れてしまった。

 どんな事情があるにしろ親友の手を離したことに、俺が親友を殺したことに変わりはないんだ。

 下界にはない大極山での清浄な空気は井宿に意識を現実に引き戻す。

 敵でも見るかのように睨んでいた自らの右手を握っている。

「こんなことでは朱雀の巫女を守ることなどできないのだ」

 過去にとらわれているようでいかない。

 こういう時はいつも瞑想をする。

 術を志す者にとって瞑想は基本中の基本だ。スイッチを入れるように切り替えることができなければ術など扱うことはできない。

 自分の意思を切り離して意識を深く深く、集中する。

「そうしてまた逃げる気か、井宿よ」

 突然頭に響いてきた声に驚き集中が途切れる。

 この声は、

「……太一君…」

 オイラは…

「逃げているつもりはないと申すか?」

 太一君には嘘などつけない。だが

「朱雀七星は朱雀を呼び出すため、巫女を護るために存在する。オイラは井宿として巫女を護りきる」

 そのためだけに、その役割のためだけにこの能力(ちから)を自在に扱えるように修業してきたのだ。今更違えるつもりはない。

「巫女への試練だけが七人いる理由だと思うか?」

 巫女が自力で七星を集めるという話は修業時代に聞いたことがある。だがそれが今関係があることなのか…

 はぁ。と息を吐く音が聞こえた。

「井宿よ、七人いる理由を考えてみよ」

 仲間である鬼宿や柳宿は気もろくに読めない。術者とはとても思えなかった。能力はそれぞれ違うということだろう。

 その方がいいと井宿は思う。術者は遠距離を得意とする。戦闘となれば接近戦はまったく役に立たないのだから。

 それぞれに特化した能力で得意とする場面で守ればいい。

 ふと仲間たちが頭に浮かんだ。

 美朱をはじめ、鬼宿柳宿は意識が随分足りないように井宿には思えた。

 まだまだ子供だからといえばそうなのかもしれないが、七星の一人として巫女を護り朱雀を呼び出すためだけの3年間を過ごした井宿にとっては頼りない仲間だった。

 術者でないとはいえ巫女の気を見失う。巫女自ら敵国へ一人で赴く。巫女だけでなく全員がバラバラの行動。一体何を信じればよいというのだろう。

 だからこそ自分がやらなければいけないと心に決めた。

 考えようによっては何よりも便利なこの能力(ちから)を有効に利用し朱雀を呼び出すことを最優先とする。

 七人いることがなんだというのだ。朱雀を呼び出せばよいのだ。

「大馬鹿者がっ!」

 怒鳴り声が頭に響き肩をすくめる。

 思わず瞑った目を開ければ目の前に叱咤の迫力と寸分違わぬ太一君がいた。

「お前にとって友は後悔と罪だけの存在か」

「………っ!」

 即座に否定できないのはあの事件のことは意識して考えないようにしていたから。

「……ちがっ…」

 生きるしかなかったから。

 能力(ちから)を使えるようにしなければ、生きる意味などなかったから。

 術者にとって集中できないことは存在理由ないことと同意だから。だから考えないようにした。

「……ちがぅ……あいつは、飛皋は…」

 何かを感じ顔を上げると同時に衝撃が走ると同時に吹っ飛ばされる。

「~~~っ!」

 これまでの経験から原因を瞬時に思い浮かべる。痛む体を抑え立ち上がり言葉を発する前に太一君のほうが先に口を開く。

「今のお前が術者と言えるのか?至近距離でのわしの気にまったく気づかぬお前に鬼宿や柳宿を否定する資格があるというのか?」

 何も言えず口をつぐむ。

「術者がこの程度で気を乱すとは片腹痛いわ。朱雀召喚どころかこの先お前のせいで巫女や仲間を失うことにすらなるわ。己が成すべきことを考えよ」

 それだけ言うとフッと太一君その場から文字通り消えた。

 ダンッ!

 思いっきり地を拳で叩く。

 無性に悔しい、何も言えなかった。

 太一君の言うとおりだった。

 あれが太一君ではなく巫女を狙った敵からの攻撃だとするとぞっとする。

 誰よりも早く気づくべき自分は、意識が足りない、子供だと否定した仲間と同じ…いやそれ以下ではないか。

 結局は保身を第一に、自分のことしか考えていなかったのだ。

 しかし、どうすればいいというのだ。巫女はすでに降り立ち、倶東という敵もいる。悩む時間などもうない。

 美朱と青龍の巫女は友達同士。何やら事情があり青龍の巫女は美朱を恨んでいる。

 二人が対峙したとき心を乱さぬ自信があるかといえば、否だ。

 今更ながら精神修行が足りぬといった太一君の言葉が重くのしかかる。

「今弱いなら、これから強くなればいいね」

 声が心に響いてきた。

 ――娘娘。

「みんな最初は弱いね。それが人間ね」

「だから人間強いね」

「井宿は、美朱と青龍の巫女が恨みあってもいいと思うね?」

「井宿も井宿の親友も、美朱も青龍の巫女も弱いね」

「だから揺れるね」

「でも人間ほんとはとっても強いね!」

「井宿は美朱と青龍の巫女が敵になってもいいね?」

「青龍の巫女の気持ち、井宿は分かってるね」

「美朱はまだ子供ね」

「だから大人がしっかりするね!」

「井宿なら出来る。支えてあげるね」

 包み込むような優しさに涙がこぼれた。

 不安だったのだ。本当は。

 認識のまったく違う仲間たち。どうすれば巫女が守れるのか。

 自分一人でも。という決意は二人の関係を知り自信がなくなった。ただそれを認めたくはなくて。

 押し込めるだけではだめなのだ。誰よりも彼女の気持ちが理解出来る。だからこそ自分たちのように最悪な結末にはならないように支えるべきなのだ。

 親友を探しに一人で倶東へ行って娘が、親友の身を案じ、真偽を確かめるためにまた倶東へ行きかねない。

 いや、あの娘なら行くのだろう。周囲がどれだけ止めても。

 過去のことを考えればやはり胸は押しつぶされそうだ。だがそれ以上に自分たちのようになってはいけないという想いがあるのも事実だ。

 倶東から撤退する場所は実際どこでもよかったが、師のいる大極山を選んだのは散々文句は言うだろうが美朱の治療をしてくれるだろうと思っての行動だった。

 だが、もしかしたら無意識に太一君に活を入れてほしかったのかもしれない。心を乱している自分へ。

 情けない。

「太一君に怒られて当たり前なのだ…」

 また頼ってしまった。

 自分の足で立っているつもりだった。結局は指針なしでは役目を見失うところだった。

「俺は朱雀七星、井宿だ」

 揺れているようではだめだ。朱雀の巫女を護るのは俺に与えられた使命だ。

 そう。改めて決意する。

「井宿ー!あれ傷だらけね!娘娘治してあげるね」

「ありがとうなのだ。って…ぬ、脱がさなくてもいいのだっ!」

「脱がさないと治療できないね!」

「嘘なのだ、それ絶対嘘なのだっ」

「恥ずかしがらなくていいねー!」

「いいねー!」

「だーーーー!!!!しかも増えてるのだ~~~~~!」

 娘娘の気が流れてくるのがわかる。暖かくて心地よかった。

 治療が終わり服を整え直す。

「美朱たちが目を覚ましそうね」

「迎えに行くね」

 気持ちを切り替えていつもの笑顔で。

「分かったのだ」

 今自分にできるのは自分のものさしで最前を尽くすことなのだ。




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