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予定時刻よりは早いが、待ち合わせ時間はとうに過ぎている。色とりどりに装飾された街並みを横目で目的地へと急ぐ。
恋人たちの日だと仲間は目を輝かせていたが、残念ながらクリスマスと同時に社会人にとってはただの月末であり年度末である。
しかも忘年会だの新年会だのと「仕事の一環」というやっかいな行事もあり、師走とはよく言ったもので、上司も部下も関係なしにあわただしい日々が過ぎている。
実際師走に入ってからは定時に上がったことは一度もない。
そんな社会人の事情を知ってか知らずか学生生活を送る仲間たちから「クリスマス会」なるものに招待された。
「おっそーい!」
遅いといっても7時集合の7時半である。井宿としては早いくらいだ。しかし井宿以外の仲間たちはすでにそろっているようである。
「井宿さん、お仕事お疲れ様です」
「外は寒かっただろう」
温かいおしぼりを手渡す軫宿の横に軫宿の恋人の少華がいるのにわずかに目を開く。
軫宿の恋人という間柄で仲間たちと直接つながりのない彼女がこの場にいるのは珍しい。何かあるのだろうか?と頭の隅で思う。
だが鬼宿の横には美朱、星宿の横には柳宿が座っており、なるほど恋人たちの日だと一人納得する。
もっとも美朱は一心不乱に目の前の料理を口に運んでいるし、星宿にぴったりと引っ付くように座っている柳宿の場合は半ば無理やり星宿の横を陣取ったのだろう。
「どうぞ」
ドリンクメニューを見ていると少華が大皿に載っている料理をいくつか取り分けてくれた。
「ありがとうなのだ」
「確かに」
美朱はいつものことだとはいえ、育ち盛りの男がそろったこのメンバーにうかうかしていたらすべて食べ物はとられてしまうだろう。
「あとはあの二人だけね?」
「だ?攻児君と誰を呼んだのだ?」
「攻児は今日バイトやて…ちょ…美朱焼き鳥全部喰うなや!」
「えー!この焼き鳥すっごくおいしいんだもん!」
「俺まだ食うてへん!」
「そんなことで言い争わないの、注文したらいいでしょ!」
「やったー!」
今度は何を注文するかでメニューを取り合う美朱と翼宿。仲がいいというかなんというか。
「確かに学生は稼ぎ時なのだ」
「ほんとにバイトなのかしらねぇ。それよりも飲み物決まったの?井宿」
「だーじゃあ。ウーロン茶にするのだ」
失礼します、と戸が開き店員の後ろに立っていた人物を見てキツネ目を見開いた。 「あんたたち遅いじゃないの!」
「わりーわりー」
「だ?飛皋、それに香蘭…」
今日は七星士の集まりだと思っていたのだが、少華がいたうえに幼馴染の飛皋と香蘭まで。
「私が呼んだのよ。今日はクリスマスよ、恋人同士を引き離すなんて野暮なことするわけないじゃないの。ねー、星宿さまぁ~」
「あ、あぁ」
腕組みをされた星宿が若干引きつるのが一瞬見えた。確かに的を射ているがそれならばで今日この日に集まるだろうか?
「俺生」
「私はノンアルコールのカシスオレンジをお願い」
「生2つとカシスオレンジ1つね!あとはこっちから注文聞いて頂戴」
当然とばかりに注文される。
「だ!オイラウーロン茶…」
「なーに情けない事言ってんのよ!男ならビールの5杯や6杯いっときなさいよ!」
「む、無茶言わないのだ!」
大体ほとんど未成年の集まりに保護者役の自分たちが酔っ払う訳にはいかない。
それに酒は得意ではない。
「そうそうやめといたほうがいいって。こいつ酔っ払ったら…」
「よ!余計なことは言わなくていいのだ飛皋!!」
過去を知るというのは本当にやっかいなもので悪友はにやにやと笑いながらこちらの反応を窺っている。
「何々?井宿が酔っ払ったらどうなるって?」
案の定柳宿は興味を示す。
「実はな…」
「だーーーーーー!!!!!!!!!言わなくていいのだ!大体飛皋はそんなこと言うためにここに来たのだ?だったらとっとと帰るのだ!!」
断固阻止するしかない。
「親友のためにひと肌脱いだこの俺にそんなこというのかよ?」
「ひと肌?何かしたのだ?」
こういう物言いの時は大抵悪ふざけである。
「飛皋?」
キッ!っとキツネ目を吊り上げるが迫力はたかが知れている。
「そんな顔すんなって。これからわかるって」
にやにやと井宿と香蘭を見て笑う飛皋はなんとも居心地悪い。
「はいはい、喧嘩しないで。全員そろったし飲み物も来たし乾杯するわよ!」
その言葉に全員が飲み物に手をかける。
「乾杯をするんだけど、その前に軫宿から話があるみたいよ!」
「話?」
注目された軫宿はわずかに青ざめ固いものとなる。
「柳宿、やはり言わなくてはいけないのか?」
「当然よ!」
きっぱりとした柳宿らしい物言いに視線をしばし迷わせ、決意したのか真剣な表情になった。
「じ、実は…」
「実は?」
「………」
「………」
「………」
軫宿の言葉を固唾を呑んで見守るがもじもじとあの大きな体には似合わない。沈黙が流れるだけ。
「…俺たち…」
「………」
ブチン。
「ああもう!男なら男らしくはっきりいいなさいよね!じれったい!」
「実はの次がなんやねん!!!」
「ちょっと待つのだ。軫宿がこれほど躊躇っているのだ。軫宿は君たちより繊細なのだ!」
「私のどこが図太いのよ井宿!」
ぐわっ!と目を見開いて詰め寄る柳宿に思わず一歩引く井宿。
「軫宿もさっさといいなさいよね!それともあたしから言ってほしいの!?」
「…いや、俺が言う」
テーブルの上のウーロン茶を一気に飲むと大きく息をはいた。
「俺たち」
大きな体に似合わぬ小さな声。
「寿安」
少華が軫宿に小さくうなづくと軫宿も頷く。
「婚約したんだ」
その途端歓声が沸く。
「結婚は大学を出て俺の仕事が見つかってからだからまだまだ先になるが…」
「寿安にとって今からが一番大切で大変な時期なの。だから私が支えたいの」
医者を目指す軫宿にとって医者として働くまで険しくて困難な道だ。けれど仲間たちの関心は「婚約」「結婚」という事実で軫宿と少華は質問攻めである。
はやし立てられ居心地悪そうに仏頂面をする軫宿にとってこういう発表はしたくなかつたんだろうなぁと他人事に井宿は思う。だが、
「次は井宿たちよね!」
「だ?」
突然話題を振られ思わず逃げ腰になる。
「付き合ってもう6年だろ?結婚しておかしくねーよな?」
「だ…」
「6年?女を待たせちゃだめよ」
「だだっ…」
「社会人になって2年目だろ?いい時期じゃねーか」
まだ社会に出て間もないから…とか
「僕はまだ子供なので難しいことは分かりませんが、井宿さんと香蘭さん、お似合いだと思います」
香蘭と飛皋と。仲良しの幼馴染の関係を壊したくない…とか
そんなの本当は言い訳。
「香蘭さんすっごくきれいなんだからのんびりしてるととられちゃうわよ?」
「そうそう。なんなら俺が香蘭とっちまうぞ?」
にやっと笑う飛皋に思わずムキになる。
「な、何を言っているのだ飛皋!」
「だったら、男らしく腹くくれよ」
にんまりと笑う飛皋や柳宿に、やられた。と思った。
飛皋と柳宿は軫宿の事情を知っていて、のらりくらりとかわしてきた香蘭との関係を持ち合げられ、仲間たちはここぞとばかりに。井宿は背中に冷たいものが流れるのを感じた。
目に映ったのは見慣れない天井。
確か昨日珍しく宿屋に泊ったのだった。とぼんやりとした頭で思い出す。
寝起きがいいとはいいほうではないが、今日のはいつも以上に寝台からすぐに上がることができない。
「にゃ?」
たまがペロリと井宿の頬を舐める。
軽く頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めるが、すぐにたまは井宿の袖をひっぱり鳴いた。
外を見るといつもよりはのんびりした時間。
「お腹が空いたのだね」
早くしろと急かすたまを制止しながら身支度を整える。
内容はまったく覚えていないが、なんだか楽しい夢を見たような気がするのだ。
終