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船に乗る前に”カナヅチ”というあまりに情けない姿を目撃した一行は誰もが「水が怖いんだ」と思っていたが軫宿の診断ではどうやら原因は船酔いのようだ。
そういえば、最初は旅を出る高揚もあり鬼宿たちに随分とカナヅチをネタに騒いでいたなと井宿はフト思い出す。
少しは外の空気に当たったほうがいいという軫宿の提案に甲板に出てきたはいいがあまりに辛そうな
ーーとは言ってもからかわれたらしっかりと返すのだがーー姿と翼宿自身に何かいい方法はないかと問われたことに少しでも慣れればとある秘術を教えた。
「しかし、こっちも気持ち悪くなりそうなのだ」
その原因は船酔いに加え井宿の教えた秘術、その場でぐるぐる回るというとんでもない方法だったりするのだが教えたの張本人はしれっとしたものだった。
「どうした、お前も船酔いか?」
「いや、そういうわけではないのだが・・・」
「船酔いは薬で紛らわすことはできても本人の問題だからな。船に少しでも慣れてしまうほうが賢明だ。まぁ確かにあれは随分荒療治だがな」
当然翼宿の頑丈な体を知ってのことなのだが。
「1度慣れてしまえば多少のことは大抵大丈夫なのだ」
今のような全員が無事にここにいる状態でなら、たとえ青龍七星のに襲われたとしても翼宿1人が動けない状態でもなんとかしのぐことはできるだろう。
あちらも神座宝を求めて他国へ赴くのだろうからまさか全員でこちらへ乗り込んでくることはないだろう。
問題は翼宿1人で戦闘不能な状態で何かがあったときだ。
「まぁ。翼宿なら何があっても死ぬことはないだろうがな」
「唯一この状態で何かあったとして翼宿が困ることといえば、外が運河だということなのだ」
「そればかりは薬ではどうすることもできんからな、自力でなんとかしてもらうしかないな」
「そうなのだ」
なにやら美朱と柳宿が騒いでいる。先ほどの柳宿の料理を美朱が平らげたという話の続きだろう。
そしてこの騒ぎは自室で寝ている翼宿の元へも届いているだろう。
「大人しくしている翼宿なんてあまり想像つかないのだ」
操られた鬼宿との怪我のときも軫宿の能力が回復するまでの間寝台にこそいたものの部屋に誰かが来るたびに口はせわしなく動いていた。
井宿はすぐ後ろにあった手すりに背を預けため息を1つついて空を見上げる。
「だ~」
「どうした?」
「いや・・・翼宿を見ていたら少し思い出したくないことを思いだしてしまったのだ」
苦笑しながらこちらを見る姿を見て、思い出したくないとはいいながらも重い話ではないのだろうと軫宿は判断する。
「船酔いではないのだが、昔あの秘術と同じような目にあったことがあるのだ~」
「やはり、実体験が元か」
「分かるのだ?」
「職業柄いろんな人間を見ているからな」
最もお前のようなタイプが一番やっかいだがな、と付け加えると「よく言われたのだ」と嫌味に動じることなく肯定する。
「星宿様に化けた変身の術、あれは変身する人物をイメージするのが一番大事なのだが・・・一番始めに変身したのが、太一君なのだ」
「ああ。鬼宿が太一君のドアップに耐えれるのは大極山に3年もいた井宿くらいだと言っていたな」
とはいえ、儀式のあとの登場にはさすがにひっくり返ったのだが、それでも他の七星の中では一番立ち直りが早かった。
「その頃は術1つ満足に使えないくらい未熟なのもあって、うまく太一君がイメージができなかったのだ」
もちろん原因はそれだけではないのだが、いつどこでこの会話が聞かれているとも限らないのを知っている井宿は言葉を濁す。
「それを見かねた娘娘が・・・娘娘は太一君に使える仙女なのだが、太一君に変身した10人くらいの娘娘たちに周りを囲まれたことがあるのだ」
「そ、それは・・・」
儀式のあとに出てきた太一君の姿とぐるりと周りを囲まれた状況を一瞬想像してしまい、軫宿は頭を抑える。
「しかもその日太一君の姿の娘娘がオイラの側を離れてくれなくて随分困ったのだ。お陰で変身の術に成功したのだがしばらく悪m・・・いやなんでもないのだ」
ただ側にいるだけではないという娘娘の性格を軫宿は知らないが井宿が飲み込んだ言葉を察する。
「そ、それで”毒を持って毒を制する”か・・・船酔いがあれで治ったらいいがな」
「オイラのときは効果的だったのだが、出来れば二度とああいう目にはなりたくないのだ」
「そうだろうな」
柳宿が翼宿の部屋のほうへ料理を持っていく姿が見えた。
「あ、そうなのだ!柳宿、それ翼宿に持っていくのだ?」
「そうよ、何か少しでも食べなきゃいけないしね!」
「これも一緒に持っていってほしいのだ」
どこからか取り出した複雑な文字が書かれたお札を1枚渡す。
「何これ?」
「これは荒れた気を抑えることのできるお札なのだ。これを身に着けていると少しは楽になるかもしれないのだ?」
「自分で渡しなさいよ!というかなんで疑問なのよ?」
「今オイラが翼宿のところに行くと、きっと怒鳴られるのだ~ それに、この本来は魔物を抑えるお札なのだ。だからそういう用途には使ったことがないのだ~」
その言葉に柳宿は声を上げて笑い出す。
「翼宿には内緒なのだー」
「翼宿自体魔物なんじゃないのぉ~」
ケラケラと笑いながら食事を運ぶ柳宿に「頼むのだ」と声をかけると手を振って答えた。