忍者ブログ
プロフィール
HN:
ゆま
性別:
非公開
P R
[27]  [25]  [24]  [22]  [20]  [18]  [17]  [16]  [15]  [13]  [12

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

放浪期





「だから!駒は1つじゃないね!」
 ピクリと眉が動く。
「みんなで護るね!」
「井宿、動かす駒いつも決まってるね!」
「読みやすいね!」
「だから負けるね!」
「いつも娘娘の勝ちね!」
 口では勝ち目がない、いや口どころか太一君付の女神である娘娘たちには敵うことなど一度たりともない。
 への字に結んで不機嫌を隠そうともせず駒を進める。
「何が一番いいかよ~く考えるね!」
 父や叔父たちと象棋(シャンチー:中国版の将棋)を指したときの勝率は半々で、官吏の父や叔父に対し経験の浅い10代の若造にしては筋がいいと褒めてくれた。
 しかしこの娘娘たちには敵うどころかいつも圧倒的に差をつけられて負け。
 だいたい娘娘たちの指し方もまずおかしい。
 不規則に変則。ルールに則る出鱈目とでもいうか。
 指南書を何度も何度も読んで覚えた井宿の象棋は破天荒な娘娘の指し方はまったく通じない。
「井宿…」
 呼ばれて顔を上げると目の前に娘娘のドアップ。
「ちゃんと集中して指してるね!?」
 だいたい…
 俺は象棋をするためにここにいるのではない。
 何故何度も何度も娘娘の相手をさせられなければいけないのか。
 口には出さないが、態度には十分出ていて井宿に自覚はないが眼光は睨んでいるかのように鋭い。
「怖い顔ね」
「怖いね」
「怖いね!」
「井宿、怖い顔してるね!」
「太一君と同じくらい怖いね」
「なっ…!」
 基本的に娘娘たちの反復するおしゃべりは流すことが多いが、これは聞きずてならない。
 引き合いにだされた相手があの太一君なのだから。
「えーんえーん」
「えーん。巫女も泣いちゃうね」
「確かに太一君の顔は砂かけばばぁかもしれないが、俺はそれほど怖い顔などしていない!」
 きっぱりと言い切った。
 過去に一度だけ本人目の前で「砂かけばばぁ」と言いひどい目にあったのはそう記憶に古いことではない。
 その教訓を得てからはそのような不用意な言葉は出さない。普段なら。
「誰が砂かけばばぁじゃ~~~~!!!!!」
 ひぃぃ!!!と背後から聞こえる声に背筋が凍った。
 これでもずいぶん慣れたと思ったがまだまだ「平気」になるには程遠い。
 固まっているとため息をつきながら「まぁよい」と言った。
「井宿、お主少々下界に降りて来い」
 急に真面目な顔をした太一君に修業か、と井宿の顔も引き締まる。
 能力を使えるようになり巫女を護り朱雀を呼び出す。これだけが今の井宿の行動理念。
 今はまず能力を使えるようになること。娘娘と遊んでいる暇などないのだ。
 だが下界に降りる場所が栄陽と聞いて井宿は息を飲んだ。
「…太一君、それが修業に必要だとは思えませんが」
 小さく反論してみる。
「誰が修業だと言った?」
「は?」
 意地悪いニヒルな笑い。
「だが能力を使う上で役に立つ事だと思うがのう」
「…っ」
 そう言われれば井宿に逃げ道はない。だが、井宿から了承の言葉はない。
 今までどんな大変で、理不尽なことにでも「能力を身につける」ためなら持ち前の真面目さと向上心でどんなことにも乗り越えてきたのを娘娘は見てきた。そんな井宿が「能力を身につけるため」の行動に難色を示す様子に娘娘たちは首をかしげる。
「どうしたね?」
 1人、2人と娘娘たちが顔を覗き込むが、娘娘たちには見向きもせず太一君をじっと見据える。
「変ね」
「おかしいね」
「井宿、七星の能力を使いこなせるようになりたくないね?」
 娘娘たちは問いかけるが反応1つ見せない。
 太一君はふっと笑い口を開く。
「過ぎたことをいつまでも」
 太一君相手に心の内を隠し通すことなどできない。
「過ぎたことの一言ですむ簡単な話ではない」
「お前1人が気にしているだけのことであろう?」
「気にしない人が、いるわけがない…」
 握った拳が震える。
 井宿の人生を変えたあの洪水以来いろんな地をさまよったが井宿の風貌を見て好意的に見てくれた人はごく少数だった。
 大半はボロボロの衣を纏い、正気を失いかけた瞳、そして隠していない大きな傷の左目。を持つ青年にまるで汚いものを見るように井宿を見ていた。
 包帯や眼帯で左目を隠した時もあった。
 けれど周りの反応はそれほど変わらず、井宿と目を合わす人などほとんどいなかった。
 傷ついていた井宿の心をさらに深く傷つけるには十分で、井宿は逃げるように人里を避けた。
 怖い。あんな思いはしたくない。
 残った井宿の正気が訴えかける。
「太一君に、俺の気持ちがわかるわけがない…」
 顔をそむけて吐き捨てるように言う。
「フン。心根の問題じゃな。甘えておる証拠じゃ」
「っ!甘えてなんかっ!」
「甘えておるじゃろう?自らが努力せずに何故赤の他人が心を開いてくれる?」
 逃げたのは現実。
 けれど、けれど…
 昔とは違う。あのころとは違う。
 怖い。
 人が怖い。
 嫉妬も裏切りも、もう何も見たくない。
「分かったね!」
 それまで黙っていた娘娘たちが嬉しそうに「分かった」「分かった!」と口々に声を上げる。
「井宿は恥ずかしいね!」
「恥ずかしいね!」
「そうね!」
 的を外れた言葉に井宿も太一君ですらも一瞬目を丸くする。
 だが太一君は真意を読み取ったらしく訳知り顔でにやりと笑う。
「ほかの人とちょっと変わったから恥ずかしいね!」
「…ちょっとなんてものじゃ」
 娘娘の「ちょっと変わった」が左目と判断した井宿は重々しく言う。
「人の前に出るのが恥ずかしいね!」
「なんて言っていいかわからないね」
「最近の井宿、ちょっと怖いね。もっと井宿明るくなるね!」
「そうね!」
「そうね!」
「井宿明るくなるね!」
「は?明るく?」
 娘娘たち得意のマシンガントークに思わず腰が引く。がそこをすかさず捕まえるのが娘娘たち。
「娘娘、いい術知ってるね」
「じゅっ、術?」
 何かしらの術をかけるというのか?
 どんな?
 分からない。
 ニコニコと屈託なく笑う娘娘たち。
 よくわからないが、警告音が鳴り響く。
 何かしらの呪文が娘娘の口から洩れると、井宿の顔からボンと煙のようなものが舞った。
 その顔を見てブッと吹き出す太一君と、大喜びの娘娘たち。
 訳が分からず恐る恐る発信源だと思う顔を触ると、左目の大きな傷がないことに気づく。
「…娘娘、俺に何をしたんだ…?」
 いい答えが返ってこないのだろうと思いながらも一応聞く。
 「似合う」とか「かわいい」とかきゃーきゃー騒ぐ娘娘たちに背筋に冷たいものが流れる。
 しばらくして親切な娘娘の1人が鏡を井宿に手渡す。
「…ッ!………」
 その姿を見て絶句した。
 これは…。
 キツネのように細い目がニコニコと笑っているようで楽しそうに見える。
 …これが、俺の顔…
「娘娘!これはっ!」
「だって、井宿恥ずかしかったね!」
「これで大丈夫ね!」
「明るいね!」
「一緒にいるときっと楽しいね」
 そして死の宣告のようなしわがれ声が聞こえた。
「その姿だと、栄陽に行くのも問題ないのう」
「え"!?」
 そのまま井宿の意思とは無関係に下界へ落とされる。
 その様子を娘娘たちは満足そうに見守った。
「この術は、ただの笑顔の面じゃないね!」
「この術は、気の持ち主の気質を表す面ね!」
「井宿は、本当はにっこり笑っているのが一番ね!」
 そうねそうね!という娘娘たちの明るい声がこだました。




 ドボォォォォン!!と盛大な水の音に近くの木で休んでいた鳥たちは一斉に飛び立った。
 少ししてその中心地から井宿が顔を出す。
 やっとのことで岸にたどり着くと、肺に入った水を出すため咳を繰り返す。
 なんとか落ち着くと、まず状況判断をした。
 何故今自分がここにいるか、それは…
「やられた…」
 まず思ったのがそれだった。
 下界に落とすだけなら何も池の上に落とさなくてもよいはずだ。今まで何度も落とされたがこんな粗い仕打ちは初めてだった。
 その理由は簡単。あの「砂かけババァ」発言を太一君は忘れていなかった。というだけだ。
 意地が悪い。
 すぐにその報復をせず時間差で来るとは、油断がならない。
 そして改めてあの発言だけは気を付けると心に誓う。
 温暖な紅南国とはいえこの季節に行水はまだ早い。肌を撫でる風は冷たく感じる。
 このままでは風邪を引く。どこか冷めた頭でそう思ったのは日頃口やかましい娘娘たちの言葉から。
 体調が悪い中無茶をして太一君と娘娘たちに囲まれ怒られたのは少し前の話。
 井宿自身風邪を引こうがどうしようが構わないが、それでは目的のため支障が出るからなるべく回避する。
 というだけのことだが進歩といいえば、進歩かもしれない。
 火でも熾し濡れた衣を乾かそうかと立ち上がり一度池を見た。
 ニコニコと天に向かって笑顔を振りまく何かが浮いているのに気づいた。
 見たことのあるそれは、先ほど娘娘の術で作られたものと同じもの。。
 咄嗟に自身の顔に手をやると触り覚えのある手の感触。
 …術が、とけている。
 あの娘娘の術がそんなに簡単に?
 そして術が解けたということは?
 心臓がドクンドクンと粗く音を立てる。
 左目には大きな傷。
 何もできずに、親友を殺した証。
 ただの、無力な…
 シャン。
 乾いた金属の音が聞こえて、思い出す。
「俺は、朱雀七星士井宿なんだ…」
 巫女を護るために生きている。
 今優先すべきことは、自分のことではない。巫女が現れるまでは能力を使えるようになること。それだけだ。
 頭を振り意識を切り替える。
 井宿にとって左目の大きな傷を隠すことは過去乗り越えるのではなく、過去を封印すること同意であった。
 浮いている笑顔を手に取ると改めてその不思議な物体に首をかしげた。
 娘娘の作ったもの。
 なんせあの娘娘なのだからそれだけでも十分過ぎる理由なのだが、そうはいかない。
 ふよふよと柔らかくて、どのような素材でできているのかも検討もつかない。
 変化の術というよりは、幼いころ祭りで買ってもらった面のようだと、なんとなく思った。
 面だというのなら、顔に着けてみる。
 が、ひらりとそのまま落ちてしまう。
 やはり支えとなるものがなければ重力に従い落ちてしまうのは当たり前。
 面が被れない。という事実に井宿は大いに焦った。
 それはこの先、大きな傷をさらして生きることがどういうことだというのかは井宿自身が十分すぎるほど知っている。
 手がわずかに震える。
 この左目を隠すことが出来ない。娘娘の術ですら出来ないのならば自分の力では到底出来るわけがない。
 知らぬうちにこんなにこの面を受け入れ、依存していたことに気づき驚く。
 子供の落書きのようなこの面が…
 とても「一般的」な顔とは思えない面が…
 それでも。
 こんな傷をさらして生きるほうがよっぽど、怖い。
 怖いと泣きだす子供。慌てて顔をそむける。「見てはいけない」実際に子供に言い聞かせる声も聞こえたこともあった。
 俺はただ、旅をしているだけだったんだ。
 それがたとえ肉体的にも精神的にもどんな状態であっても井宿にとってはそうであった。
 裏切り、拒絶。
 人間の醜さをこの1年程で嫌というほど見てきた。
 関わりたくない。けれど、
「…俺は、朱雀七星士、井宿なんだ…」
 そう思い込むと少し吐き気も楽になる。
 このようなことで立ち止まっている暇はないんだ。
 息を飲み、考える。
 『娘娘、いい術知ってるねー!』
 そうか、術か!
 作り出したのは娘娘、だが使うのは俺だ。
 術者としての基礎もまだできていないが勘で面に気を送りつけてみると、意外と簡単にできた。
 だが、恐らくは。常に気を送り続けるほどはしなくていいが、気を抜くと落ちてしまうのだろう。
 だから池に落とされたとき取れてしまったのだろう。
 風が吹くと、寒い。
 手ごろな枝を集め火を熾して上衣をぎゅっと絞り乾かす。。
 慣れたものだ。野宿のやり方なんて知らなかったのに、今はどの野草が食べれて、どうすれば薬になるのかも少しだがわかる。
 思えば、全て昔父に貰った書物に書かれていたことだ。日常生活には絶対に使わない雑学のようなものも教えてくれたのは父だった。
 流石父上は博識だ!と当時は思ったが官吏の父がそのようなこと知る必要ないし、知識を手に入れる時間さえなかっただろう。
 恐らく、朱雀七星の証を持つ自分が、どんなことがあっても困らないように出来る限りの知識を与えようとしたのか…
 その父も…
 収まっていた胃が再び動き出す。




 沈んだ思考を元に戻したのは複数の足音。
 見ると柄がいいとはとても思えない体格のいい男が3人。井宿に向かってきている。
「なんだ坊主かよ?」
「坊主なんか、金目のもん持ってるわけねーな」
 追剥か。
「おいおいこの坊さん、この寒空の下池に落ちたってか?びしょ濡れだぜ」
「どんくせー」
 げらげらと下品な笑い声。
 どうする?金目の物など持っていない。このまま逃してくれる…
「でもよー、坊さんの仏具っていい金になるんじゃねぇ?」
 わけがないか…
「というわけでー、渡してもらおうか」
 にやにやと笑いながら手を差し出すが、倣うつもりなど毛頭ない。
 生きた目をしていない僧侶など格好の餌食だったのだろう、この手の者に追われたことは何度もある。
 金目のものは持っていないが、この数珠と錫杖は持っていかれると非常に困る。さてどう切り抜けるか…
 足でも格闘でも恐らく敵わない。だったら先手必勝。
 掛けてあった上衣を手に取ると、そのまま手を出した男に向かって思いっきり一振り。
 まだ十分に水分を含んでいる上衣はそれなりに破壊力があって、男たちは一瞬怯む。その隙に走り出す。
「こんのクソボーズがああ!!!」
 思わぬ反撃に目の色を変えて追いかけてくる。
 渾身の力で逃げる井宿。だが走り慣れている相手に敵うはずもなく距離はだんだん狭まってくる。
 けれど盗賊たちの中にも得手不得手があり、自然足の順に並ぶ。
 1番足の速いものが井宿の真後ろに来たとき、振り返りざまに錫杖でなぎ倒す。
 ガツンという音とともに男は倒れ込む。
 同じ要領で残り2人を倒す。
 十分に引き離したところで、へたり込んだ。
 酸素が足りない。汗がだらだらと流れ落ちて、もはや池の水で濡れているのか汗で濡れているのかもわからない。
 どうせ同じだからと上衣を着るとひんやりしていて心地よい。
 息が整った頃、今いる場所を改めてみると少し先に街があるのがわかる。
 まさか、と思いながらすれ違う人を見ると旅の行商のようで、大きな街なのだと分かる。
 太一君のことだから、栄陽に間違いないのだろう。
 どうする…
 自然と手が傷を確認する。
 面がついたままだ。
 どうする?
 大きな傷は今はない。
 だけど…
 何度も沁みこまされた思いはそう簡単には割り切れなくて。
 けれど
 巫女を護ると決めた以上、最低限は人とかかわらなけばいけないのだろう、と冷静な自分がそう告げている。
 笑顔の面。
 もう一度確認して、自分の気を送ってはがれることがないようにして。
「俺は、朱雀七星士、井宿だ」
 行くしかないんだろう。




「井宿ぃぃぃ!!!!」
「すごいね、ちゃんと任務完了ね!」
「頑張ったね!」
「すごいねー!!!」
「えらいえらい」
 任務完了直後、背を叩かれ振り返ると娘娘が1人いた。
 大極山へ戻るといつものように娘娘たちの歓迎。
 展開の早さに少しついていけず、あの覚悟と緊張は一体なんだったんだろうと思わず自問自答してしまう。
「戻りました、太一君」
 そういい頼まれたものを渡そうとする。
「なんじゃその恰好は?」
 いや、誰がこんな恰好にしたかって?あまりの言いように苦笑するしかない。
「少しは身なりを整えようという気がなかったのかのぅ」
 そういえば、そういう発想はなかった。
「どんなに表面をつくろっても、その恰好じゃ目を引いたじゃろう?」
 そういえば…通り過ぎる人がこっちを見ていた気が…しなくもないが、あまり気にならなかった。
 明らかに今までの目とは違っていたから。
 これが、この面の効果なのか?
 そうか…これが…
 井宿の心情を知ってか知らずか、いや知っているからこそ鼻をフンとならした。
「まぁよい。買い物ごときに時間がかかりぎじゃ」
 面に頼るということが今はよいかもしれないが、後々どういうことか本人が一番わかるだろう。
「さ、井宿あったかいうちに食べるね!」
「肉まんおいしいね!」
「あーん。してほしいね?」
「あ!でも井宿その前に着替えるね!」
「乾かすね!」
「乾かして、食べるね!」

 本日の修業。
『栄陽で肉まんを買ってこい』
 

PR


忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne